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【歴史インサイド】嵯峨天皇の息子?光源氏のモデル? 謎を呼ぶ平安京の巨大建物跡の主とは

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【歴史インサイド】
嵯峨天皇の息子?光源氏のモデル? 謎を呼ぶ平安京の巨大建物跡の主とは

整然と並ぶ平安期の巨大建物の柱穴跡。三位以上の高級貴族の邸宅跡とみられる=8月3日午後、京都市中京区 整然と並ぶ平安期の巨大建物の柱穴跡。三位以上の高級貴族の邸宅跡とみられる=8月3日午後、京都市中京区

 嵯峨天皇の息子か、それとも光源氏のモデルか? あれこれ想像をめぐらせてしまう巨大邸宅跡が出土した。平安京で「右京三条三坊五町」と呼ばれていた場所の一角、分析機器メーカー「島津製作所」の三条工場(京都市中京区)内で行われている発掘現場で見つかった邸宅跡。平安京遷都間もない9世紀初頭に建てられたとみられる。建物の1つは約190平方メートルの規模と当時の邸宅としては最大級で、大納言に相当する「三位」以上の貴族の邸宅らしい。今回は計4棟の建物跡が出土したが、いずれの保存状態も良好。こうした平安初期の邸宅跡の発見は過去に1例しかなく、発掘担当者も「めったに見られない光景」と評価する。そんな遺構の調査結果を詳細に報告する。(園田和洋)

巨大建物跡がまるごと出土

 同社の新社屋の建設に伴い、京都市埋蔵文化財研究所が5月から12月末までに約4500平方メートルを調査する予定で、このうち今回は約2400平方メートルで実施された。

 この結果、東西7間(21メートル)、東西2間(9メートル)の、本体の南側に庇(ひさし)が付く巨大建物跡がまるごと出た。柱穴は26カ所。1辺が最大で1メートルもある方形の柱穴で、1カ所も欠けることなく、並んだ状態で見つかった。

 さらに、この建物の西端と接して別の建物跡(2間=5・5メートル=四方)が出土し、ほかにも2棟の建物跡が確認された。

 計4棟はいずれも創建時期が同じ9世紀前半とみられるが、巨大建物は当初の東西15メートル、南北11メートルの規模の建物を建て替えた痕跡もあり、同研究所では「9世紀初頭に建てられたと考えるのが順当だが、遷都とほぼ同時期に建てられた可能性もなくはない」とも。

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