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福知山花火大会事故4年 「生きた心地しなかった」皮膚移植で今も傷跡残り後遺症も…被害者ら苦しみながらも再発防止考え続ける

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福知山花火大会事故4年 「生きた心地しなかった」皮膚移植で今も傷跡残り後遺症も…被害者ら苦しみながらも再発防止考え続ける

犠牲者を弔い、献花台で花を手向ける女性ら=15日午前、京都府福知山市(寺口純平撮影) 犠牲者を弔い、献花台で花を手向ける女性ら=15日午前、京都府福知山市(寺口純平撮影)

 被害者には長引く治療や後遺症に苦しむ人も少なくない。一方、再発防止策を含む花火大会の再開に向けた提案書を作成し、国交省側などに提出した。「同じ被害に遭う人を出さないために、絶えずどうすれば防げるかを考えたい」。未来に向け、これからも地道に活動を続けるつもりだ。

「すごく熱くて何が起きたのかわからなかった」

 福知山市の会社員、三木啓彰(よしあき)さん(52)の家族は、いまも事故の後遺症に悩む。長女(12)と長男(15)は傷跡が残っているといい、将来への不安と戦っている。

 事故では妻(46)と中学3年の長男、小学6年の双子の姉妹がやけどを負った。妻は「すごく熱くて痛くて何が起きたのかわからなかった」と振り返る。

 症状が重かった長女は神戸市内の病院に搬送。大阪市内の病院に移された妻ら3人と離ればなれになった。長女は命の危険性を指摘されたほどで、啓彰さんは、危機を脱するまでの4日間、「生きた心地がしなかった」と明かす。

 啓彰さんは仕事を休み、神戸と大阪を行き来した。「みんなそろって家に帰る」と家族で励まし合い、約4カ月後の正月、ようやく5人が自宅にそろった。

 妻は翌年秋から仕事に復帰。子供らも学校に通うようになった。事故についてそれぞれが話をすることもできるようにもなった。だが、皮膚移植などで複数回の手術を受けた長女と長男は、いまも皮膚が盛り上がるなど傷跡が残り、傷跡を保護するサポーターをつけて外出している。

 妻は「これから社会に出たとき、理解してくれる人ばかりではないかもしれない。傷が負い目になったら…。ずっと背負って生きていかないといけない」と子供らの将来をおもんぱかり、啓彰さんも「どこに気持ちのやり場を向けたらいいのか」と話した。

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