産経WEST

「トカゲ丸焼き」で毒薬配合、夜襲方法も詳述…甲賀の「秘伝」忍術書見つかる 諜報活動の秘密守る誓約書も

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新


「トカゲ丸焼き」で毒薬配合、夜襲方法も詳述…甲賀の「秘伝」忍術書見つかる 諜報活動の秘密守る誓約書も

見つかった主な忍術書のタイトル。これ以外にも、鉄砲の砲術書や馬術、居合術、呪術書などもあり、忍者がさまざまな分野の技術を習得していたことがわかる 見つかった主な忍術書のタイトル。これ以外にも、鉄砲の砲術書や馬術、居合術、呪術書などもあり、忍者がさまざまな分野の技術を習得していたことがわかる

 忍術書以外にも、鉄砲の砲術書や馬術、居合術、呪術書などもあり、忍者がさまざまな分野の技術を習得していたことが分かる。

 御忍役人としての誓約書は写しで、1700~1829年までの10枚が見つかり、代々尾張藩に提出されていた。渡辺さんの先祖は農民だったが「御用之節ハ、早速致参着」とあり、尾張藩に緊急事態があれば、駆け付けるとしている。

 甲賀市教育委員会の伊藤誠之資料調査員によると、甲賀出身の木村奥之助という人物が渡辺家を含む甲賀の5家をまとめ、年に1人5両で御忍役人として秘密裏に尾張藩と契約。江戸時代の甲賀忍者は在宅・非常勤だったことが分かるという。平時は年に1度尾張藩に赴き、表向きは鉄砲指南役として砲術を指南していた。

 文書は近く刊行される予定。

足利将軍をゲリラ戦で襲撃

 甲賀忍者の活躍の起源は、1487年、室町幕府9代将軍足利義尚が、近江の六角氏を攻めた「鈎の陣」とされる。六角氏側の甲賀衆はゲリラ戦を得意とし、義尚側の陣に火討ちをしたり、夜襲をかけたりしたという。

 1585年、羽柴(豊臣)秀吉が和歌山の太田城を水攻めした際、甲賀衆に任せた堤防工事に不備があったとして、秀吉が多くの甲賀衆を追放する事件「甲賀ゆれ」が起きる。多くは武士身分を失い、甲賀で農民や町民となった。

 ただ、一部は徳川家康に登用され、江戸城の警備を担当した。また、江戸初期の島原の乱では、甲賀から幕府軍に参加した甲賀者が、敵城に忍び込み、城内の状況を報告したとされる。

 尾張藩に仕えた「御忍役人」も実績がある。

続きを読む

このニュースの写真

  • 「トカゲ丸焼き」で毒薬配合、夜襲方法も詳述…甲賀の「秘伝」忍術書見つかる 諜報活動の秘密守る誓約書も
  • 「トカゲ丸焼き」で毒薬配合、夜襲方法も詳述…甲賀の「秘伝」忍術書見つかる 諜報活動の秘密守る誓約書も

「産経WEST」のランキング