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【JR脱線事故12年】「生まれ育った街の役に立ちたい」…重傷の山下亮輔さん、伊丹市職員として変わらぬ思い

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【JR脱線事故12年】
「生まれ育った街の役に立ちたい」…重傷の山下亮輔さん、伊丹市職員として変わらぬ思い

伊丹市職員の山下亮輔さん=18日午後、伊丹市役所(沢野貴信撮影) 伊丹市職員の山下亮輔さん=18日午後、伊丹市役所(沢野貴信撮影)

 父のような消防士になりたい-。運動好きで、高校時代はラグビー部の副キャプテン。そんな山下亮輔さん(30)=兵庫県伊丹市=が抱いた夢は平成17年4月25日、突然打ち砕かれた。同県尼崎市で乗客106人が犠牲になったJR福知山線脱線事故。18時間後、真っ暗な車内から助け出されたが、自由に走り回ることはできなくなった。現在は地元の伊丹市職員として福祉に携わる。人の役に立つ仕事をしたいという思いは、今も変わらない。

 始まったばかりの新生活は、希望に満ちあふれていた。あの朝、自宅から近畿大学(大阪府東大阪市)に向かうため乗った快速電車が脱線するまでは。山下さんがいた先頭車両はマンション1階部分の駐車場にめり込み、大破した。18時間、圧迫され続けた両足は筋肉が壊死(えし)するクラッシュ症候群に侵され、一時は切断も検討された。

 リハビリは10カ月に及び、1年後の18年春に復学した。歩くには装具とつえが欠かせない。消防士への道は閉ざされたが、仲間と一緒に学ぶなかで、新たな目標ができた。キャンパスがある東大阪市の職員と市内の大学生が集まり、街づくりをテーマに意見交換する会に参加したときのことだ。市民の声に耳を傾ける職員の姿勢が印象に残り、生まれ育った伊丹市の職員になろうと決意した。

 22年4月、人生で初めて受け取った辞令は「伊丹市障害福祉課」。これまで、たくさんの人に助けられてきた。つえが必要な自分だからこそ理解できることもある。今度は支える側で頑張ろうと思った。

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