産経WEST

【京唄子さん死去】「おもろい夫婦」鳳啓助さんと絶妙やりとり 戦後まもなく舞台女優から漫才師に、バラエティー黎明期

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【京唄子さん死去】
「おもろい夫婦」鳳啓助さんと絶妙やりとり 戦後まもなく舞台女優から漫才師に、バラエティー黎明期

「唄子・啓助のおもろい夫婦」の記念番組を収録する京唄子さん(右)と鳳啓助さん=昭和51年12月、東京都港区 「唄子・啓助のおもろい夫婦」の記念番組を収録する京唄子さん(右)と鳳啓助さん=昭和51年12月、東京都港区

 故鳳啓助さんとのコンビで一世を風靡した京唄子さんは、戦後間もないころ、舞台女優として芸能活動を始めた。持ち前の負けん気と情熱で、バラエティー番組の黎明期を支えた。

 関西を中心に活動していた劇団で、脚本などを担当した鳳さんと知り合い、演技指導を受けるようになったのが2人のなれそめ。映画人気の拡大で舞台の仕事が減ると、鳳さんは漫才への転向を決意したが、京さんは当初は強く反対したという。

 鳳さんの「3年たったら大きな劇場で芝居をさせたるから」との口説き文句に負け、昭和31年にコンビを結成。すぐに才能が花開いた。44年開始のテレビのトーク番組「唄子・啓助のおもろい夫婦」は絶妙のやりとりで人気を集めた。45年には念願だった「唄啓劇団」を旗揚げ。舞台やテレビで、パワフルな演技を披露し女優としても活躍し続けた。

 京唄子という名前を裏切れない

 平成21年、腰のけがで大阪松竹座の公演を降板した際は、会見に車椅子で現れ、「何カ月かかっても、もう一度、舞台を踏めるよう治したい」と涙した。

続きを読む

このニュースの写真

  • 「おもろい夫婦」鳳啓助さんと絶妙やりとり 戦後まもなく舞台女優から漫才師に、バラエティー黎明期
  • 「おもろい夫婦」鳳啓助さんと絶妙やりとり 戦後まもなく舞台女優から漫才師に、バラエティー黎明期

「産経WEST」のランキング