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【西論】阪神大震災22年 遠い痛みをわがこととする

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【西論】
阪神大震災22年 遠い痛みをわがこととする

阪神大震災「1・17」から22年。ろうそくの火を竹灯籠にともし「追悼の集い」=17日早朝、神戸市中央区の東遊園地(奥清博撮影) 阪神大震災「1・17」から22年。ろうそくの火を竹灯籠にともし「追悼の集い」=17日早朝、神戸市中央区の東遊園地(奥清博撮影)

 神戸市東灘区、22年前の、阪神大震災の後。

 廃虚の一角を片付けて張られたテントの中に、花に囲まれた幼女の遺影があった。

 訪れたのは夜だった。そこかしこにがれきの影が浮かんでいたように思う。

 けれども記憶の中で、ふくよかに笑う幼女の面影は、花とともにほのかに明るく浮かび上がってくる気がする。

 1年ほど後、兵庫県西宮市。

 広くはない公園の仮設住宅で、別のご遺族がつつましく冬を過ごしていた。葉を落とした桜の冬芽は、まだかなり硬そうだった。

 記憶の中で遺影の少女は、花輪を頭に飾ってはにかんでいる。

 ずいぶんむかしのことなのに、その少女の面影もやはり、ほのかに明るい。

 ◆遠ざかり近づく体験

 大震災の取材で、何人かのご遺族に話を聞かせていただいた。第三者にすぎない筆者を、大変な時期に優しく迎え入れてくださった。今も大切な記憶として残っている。

 その体験自体は、ずいぶん遠いものになってしまったことを感じはする。しかしそのような記憶を持てているということを、幸いにも思う。体験から遠ざかりもすれば、またその記憶をたぐって、近づいていくこともできる。

 考えてみれば私たちは、あらゆる悲劇に対してそうであらざるをえない。遠い過去に、あるいは遠い場所で起こった悲劇に対して、だれしも第三者であらざるをえないのである。

 しかしそのことは、自閉した姿勢のままであってよいということではない。思い出し、聞き学び、追体験することによって、遠い悲劇を間近に感じることができる。

 近くに感じることで私たちは、かくあるべし、かくなすべしという、当為の感覚を持つこともできる。たとえば、なにがしかの力にならねば、と思うのも、そんなところに由来するのだろう。

 阪神大震災から22年となって第三者として確認できることの一つは、このように、遠ざかる体験にもなお近づいていけるということではないかと思う。それは無関心な傍観者になることを、私たちに厳に戒めてくる。

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