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【歴史インサイド】忠臣蔵秘話、巨大寺院との意外な関係 「赤穂事件」吉良上野介から〝直接聴取〟…徹底調査のウラ

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【歴史インサイド】
忠臣蔵秘話、巨大寺院との意外な関係 「赤穂事件」吉良上野介から〝直接聴取〟…徹底調査のウラ

「江戸江遺書状留帳」で浅野内匠頭の行為を「乱心」と伝える一文(左頁最後から2行目あたま)=京都市下京区の西本願寺 「江戸江遺書状留帳」で浅野内匠頭の行為を「乱心」と伝える一文(左頁最後から2行目あたま)=京都市下京区の西本願寺

 日本人に古くから人気の高い「忠臣蔵」。その題材となった「赤穂事件」の中心人物、吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしなか)について「お痛みも軽く、食事も相変わることがない」と記した史料が見つかった。刃傷事件直後の上野介の回復状況を明らかにしたものは珍しいといい、貴重な発見だ。史料は、西本願寺(京都市下京区)から築地御坊(現・築地本願寺、東京)に宛てた手紙の内容を記録してまとめた冊子『江戸江遣書状留帳(えどへつかわすしょじょうのとどめちょう)』など6点。史料からは、西本願寺側が東京サイドと頻繁に手紙のやり取りをしている様子がうかがえるほか、西本願寺側が事件後の上野介から直接“事情聴取”をしていたことや、事件の取り調べ担当者からも情報を得ようとしていたことが書かれていた。忠臣蔵と巨大寺院の意外な関係とは-。

当初は「不慮の事件」

 6点は、平成28年3~5月、本願寺史料研究所(京都市下京区)で偶然見つかった。研究員が積み上げられた書物の中に「元禄」のという文字を発見。調査したところ、赤穂事件に関わる内容の書状などが相次いで見つかった。

 6点のうち5点は書状で、もう1点が西本願寺と築地御坊でやり取りした手紙の内容を記録した冊子『江戸江遣書状留帳』。記録はすべて西本願寺から築地御坊へ宛てた内容で、築地御坊から宛てた手紙の記録は見つからなかった。

 刃傷事件は元禄14(1701)年3月14日、天皇の使者(勅使)をもてなす儀式の供応役に任命された赤穂藩主・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が、指南役の上野介に対し江戸城中で切りつけ、上野介は負傷した。

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