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86年前優勝の大阪力士、山錦関 波瀾万丈の人生に脚光…関大中退し入門、待遇改善求め協会脱退、旅館業経営

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86年前優勝の大阪力士、山錦関 波瀾万丈の人生に脚光…関大中退し入門、待遇改善求め協会脱退、旅館業経営

初優勝時の山錦関(昭和5年5月撮影) 初優勝時の山錦関(昭和5年5月撮影)

 来年1月8日に初日を迎える大相撲初場所の新番付が26日発表された。今年の大相撲では、綱取りが振り出しに戻った大関・豪栄道(30)=本名沢井豪太郎、境川部屋=が秋場所に大阪出身力士として86年ぶりの優勝を果たし、注目された。その「86年前の優勝力士」は、当時は異色の学生相撲出身だった山錦だ。大学を中退して大相撲に飛び込み、力士の待遇改善を求めて脱退…。波瀾(はらん)万丈な人生を歩んだ山錦の素顔とは…。(嶋田知加子)

鼻の骨削って体当たり

 山錦は明治31年生まれで、現在の大阪市北区出身。関西大で力士として活躍したが中退し、大正6年に出羽海部屋に入門した。

 山錦の相撲について、おいの黒田健一さん(86)は「体当たりでぶつかり強引に押していく。強烈だった」と振り返る。体当たりで自身の鼻を傷めることも多く、医師に頼み込んで鼻の骨を削り取ったという逸話も残る。

 山錦の長女、前出悦子さん(68)=大阪市福島区=と、次女の安部律子さん(65)=同市西区=は、力士時代の話を父から聞くことは多くはなかったという。その少ない思い出の一つが、昭和7年の「春秋園事件」だ。

 力士の待遇改善などを求めたこの事件で、山錦は参謀格として参加した。同時に大日本相撲協会(現・日本相撲協会)を脱退。その後、大阪で新興力士団を立ち上げ、一時は人気を博したが、その後衰退。13年ごろに引退したとみられる。

「春秋園事件」後、若手のため奔走

 山錦はともに脱退した若い力士らの協会復帰に奔走。自らは相撲から手を引いた。「弓引き役となった自分は絶対に(協会に)戻ってはあかんと思った」。生前の父がそう話していたのを悦子さんは覚えているといい、「今思うとそれがけじめだったんでしょう」と振り返った。

 引退後は大阪市内で旅館を経営。最初の妻を病気で亡くしたものの、戦後まもなく再婚した正子さんとの間に悦子さんと律子さんをもうけた。旅館で、山錦はちゃんこ鍋と朝食を担当し、姉妹が幼稚園に持っていく弁当も作った。かつお節入りの細巻きや卵焼きなどのおかずは「どれもおいしかった」(悦子さん)という。

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