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【竹島を考える】竹島を「領土問題」にした盧武鉉、潘基文の両氏 韓国のお粗末な独島研究の現状 下條正男・拓殖大教授

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【竹島を考える】
竹島を「領土問題」にした盧武鉉、潘基文の両氏 韓国のお粗末な独島研究の現状 下條正男・拓殖大教授

盧武鉉氏とともに、竹島問題を顕在化させたといわれる潘基文氏(共同) 盧武鉉氏とともに、竹島問題を顕在化させたといわれる潘基文氏(共同)

 「バランサー」を自任した盧大統領は在任中、折に触れて竹島問題に言及し、日本の「歴史認識」を非難した。その盧大統領と韓国政府の竹島政策に「少なからぬ影響を及ぼした」のが慎氏なのだという。

 その慎氏が語った「独島を韓国領とする論理」とはどのようなものだったのか。その一端を紹介してみたい。

竹島領有めぐり、日韓で異なる根拠

 竹島問題の端緒は1952年1月18日、李承晩(イ・スンマン)大統領が「接続海岸に対する主権を宣言する」ため、「李ライン」を公海上に引き、竹島を韓国領としたことにある。日韓はその後、それぞれに竹島の領有権を主張してきた。

 韓国側では、17世紀末に日本に渡って鳥取藩主と交渉し、欝陵島(うつりょうとう)と竹島を朝鮮領にしたとする安龍福(アン・ヨンボク)の証言を根拠に、欝陵島と竹島は韓国領になったとした。一方、日本側では江戸時代に幕府から「渡海免許」を得て欝陵島でアワビ取りやアシカ猟をしていた鳥取藩米子の大谷・村川両家の事績を根拠とした。

 「金秉準の対談」で慎氏が問題にしたのは、その渡海免許であった。慎氏によると渡海免許は「欝陵島と独島が日本の領土でなかった」ので、鎖国政策を布(し)いていた江戸幕府が、「外国に出ていけるよう」に許可したものだとしている。

渡海免許と朱印状の混同による誤解

 だが、それは欝陵島へ渡ることを認めた渡海免許を、海外渡航時に必要な「朱印状」と混同した、慎氏の誤解である。

「日本は欝陵島に入ってきて住民たちを殺して略奪した」

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