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【淡路島のナゾ(上)】日本版マッドマックス?…「農民車」3千台以上、武骨な働き者

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【淡路島のナゾ(上)】
日本版マッドマックス?…「農民車」3千台以上、武骨な働き者

昭和40年代の三原町(現・兵庫県南あわじ市)の祭りでだんじりを引っ張る農民車(アマチュア写真家・近藤和敏さん提供) 昭和40年代の三原町(現・兵庫県南あわじ市)の祭りでだんじりを引っ張る農民車(アマチュア写真家・近藤和敏さん提供)

 淡路島(兵庫県)に赴任して驚かされたのは「農民車」だ。4輪車にエンジンが積まれたゴツゴツとした外見に、むき出しの部品。みたことのない車両が当たり前に走っている風景は、ある種のカルチャーショックだった。農道を縫うように進むその姿は淡路島では日常だが、島外ではまず目にすることがない。なぜ淡路島で農民車が生まれ、普及したのか。そして今後どのような進化を遂げるのか-。農民車の謎について調べた。

 淡路島の農業の変遷などについてまとめた昭和58(1983)年発行の「地域農業の革新」(明文書房)によると、農民車の原型は昭和30年代半ばに島内の鉄工所で試作されたという。

 「木台の荷車の前部に2輪をつけて、その上に農業用発動機を乗せ、Vベルトを通じてシャフトで後輪に動力を伝える」といった構造で、前輪は自動車の丸ハンドルを使って方向を変えられるようにされていた。

 今では車の大きさや最高速度により「農耕作業用大型特殊自動車」や「農業用小型特殊自動車」などに分類される農民車。「地域農業の革新」によると、農民車が普及しはじめた初期のころは、古物売買の問題や道路交通法上の問題などがあったため、地元住民らが「警察署長と渡り合ったり、陸運局へ認定の研究にいったり、政治家を動かしたり、新聞記事にしてその有用性のキャンペーンをはったりして認定に努力した」という。そうしたやりとりを経て、農民車は淡路島で定着したらしい。

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