産経WEST

【銀幕裏の声】八幡空襲で「屠龍」はB29に体当たりし2機を撃墜した…“翼”を奪われた陸軍航空部隊の真実、エリート技術将校の証言(上)

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【銀幕裏の声】
八幡空襲で「屠龍」はB29に体当たりし2機を撃墜した…“翼”を奪われた陸軍航空部隊の真実、エリート技術将校の証言(上)

旧陸軍の二式複座戦闘機「屠龍」(梅田さん提供) 旧陸軍の二式複座戦闘機「屠龍」(梅田さん提供)

 17年に陸軍が採用した屠龍は、世界で名を馳(は)せた旧日本海軍の戦闘機「ゼロ戦」などの陰に隠れ、現在ではその戦果が語られることは少ないが、2基のエンジンを搭載した双発複座機(ゼロ戦は単発機)として、その大きな機体、大出力、複座を生かし、戦闘機としてだけでなく、爆撃、偵察、指揮機など多用途での活躍が期待された陸軍機だった。

“日本一の精鋭部隊”の誇り

 屠龍は南洋でも運用されたが、日本本土に配備された同機を有する防空部隊は、米軍爆撃機B29などを迎撃する“日本一の精鋭部隊”と称されていた。

 八幡製鉄所など日本の基幹産業があった北九州は、B29が陸上基地を拠点として行った初めての日本本土空襲(昭和19年6月16日)があった地域だが、ここでも屠龍の壮絶な戦果が記録されている。

 同年8月20日の八幡空襲の際、迎撃のため飛び立った野辺重夫軍曹機(後部座席の同乗者・高木伝蔵兵長)は、B29への体当りを敢行、1機目の破片が後続のB29にもあたり、2機を同時に撃墜している。

 命を懸けて北九州の市民を守った2人を顕彰する慰霊碑が、今も同市内の丘の上にひっそりと建っている。

続きを読む

このニュースの写真

  • 八幡空襲で「屠龍」はB29に体当たりし2機を撃墜した…“翼”を奪われた陸軍航空部隊の真実、エリート技術将校の証言(上)
  • 八幡空襲で「屠龍」はB29に体当たりし2機を撃墜した…“翼”を奪われた陸軍航空部隊の真実、エリート技術将校の証言(上)

「産経WEST」のランキング