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【スポーツの瞬間】世紀の誤審、金がいいですぅ…負けてもらうメダル 五輪「銀」の物語

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【スポーツの瞬間】
世紀の誤審、金がいいですぅ…負けてもらうメダル 五輪「銀」の物語

シドニー五輪柔道男子100キロ超級の表彰式。金のドイエ(右)は笑顔を見せるが、銀の篠原はうつむいたままだった シドニー五輪柔道男子100キロ超級の表彰式。金のドイエ(右)は笑顔を見せるが、銀の篠原はうつむいたままだった

 「ヤワラちゃん」こと柔道女子48キロ級の谷亮子が現役時代に語った言葉がある。「私は銀メダルが好きじゃない」。その理由をたずねると金メダルは決勝、銅メダルは3位決定戦に勝利してもらえる色だが、銀だけは負けてもらうメダルだからという。勝負師らしい言葉だ。その谷も最初と2度目の五輪は銀メダルで、3度目でようやく金を手に入れた。日本選手が夏季五輪で獲得した銀メダルはロンドン五輪までで126個。金の130個より少ない。それぞれの「銀の物語」を紹介する。

北朝鮮選手の奇襲

 谷亮子が初めて出場した五輪は1992年バルセロナ大会。当時16歳で、もちろん旧姓の田村を名乗っていた。前年の世界選手権は3位、福岡国際女子で連覇を果たした天才少女は金メダルを期待されていた。準決勝までの4試合を勝ち進み、決勝の相手は世界女王のノバック(フランス)。先にポイントを奪われ、懸命に攻め込むが、逆に差を広げられて敗れた。

 次の五輪は96年アトランタ大会。バルセロナで敗れた後、93、95年の世界選手権を制し、今度こそ金メダルは確実というムードが漂っていた。しかし、決勝で伏兵が待っていた。北朝鮮の16歳、ケー・スンヒだ。ケーは柔道着を通常とは逆の「左前」で着用して登場。田村はこれに戸惑い、組み手争いで劣勢に立たされたまま攻めあぐね、ポイントを奪われ、またも銀メダルに終わった。

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