産経WEST

広島の叫び今に伝える 「死者の言葉を聞きに来て」 原爆供養塔の“守り人”佐伯敏子さん

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新


広島の叫び今に伝える 「死者の言葉を聞きに来て」 原爆供養塔の“守り人”佐伯敏子さん

ベッドの上で原爆供養塔への思いを語る佐伯敏子さん。自身の手記「ヒロシマに歳はないんよ」は、肌身離さずそばに置いている=広島市東区 ベッドの上で原爆供養塔への思いを語る佐伯敏子さん。自身の手記「ヒロシマに歳はないんよ」は、肌身離さずそばに置いている=広島市東区

 「供養塔には、切ない思いを抱えて死んでいった死者たちが、あの日のままで今も眠っておられるのです」

 あの日、佐伯さんは広島市郊外に預けていた長男に会うため、市内の自宅を離れた。原爆投下を受け、慌てて自宅に向かい、母や妹ら家族を探して火の海の爆心地をさまよった。その途中、「助けて、水を下さい」と足にすがりつく被爆者らを振り切って逃げた。無残な姿となった母の遺体と対面したが、腕に抱くことができなかった。

 「供養塔は近づくだけでも胸が痛くなる。声が聞こえるようでね。死者に言葉があるなら最期に何と言われたのか知りたい、聞かせてもらいたい」

 毎日続けた清掃活動では、供養塔の盛り土に生えた草をむしり、落ち葉を掃き清め、「どうぞお飲みください」と水をかけた。そばの元安川で被爆者の形見のボタンを拾い集め、胸に抱いて眠ることもあった。塔内にある納骨堂では、引き取り手のない遺骨を両手で触れ、「最期の声をお聞かせ下さい」と毎日語りかけた。

 平成10年に脳梗塞で倒れるまで、供養塔の前で修学旅行生を見つけては、体験を語り続けた。教員や生徒らと親交が深まり、佐伯さんに会うため供養塔へ来る学校もできた。現在も、寝たきりになった佐伯さんから話を聞こうと、入所する施設の一室まで訪ねてくる人は途切れない。

続きを読む

このニュースの写真

  • 広島の叫び今に伝える 「死者の言葉を聞きに来て」 原爆供養塔の“守り人”佐伯敏子さん

「産経WEST」のランキング