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【福嶋敏雄の…そして、京都】(67)親鸞 女犯「へその下」も“頑健”…臨終引導生極楽 六角堂

 何羽もの鳩たちが水平に飛んでくる。思わず身をかわしたが、狭い境内なので、鳩たちは三方をかこむ高層ビルの壁面でツバメのように弓なりに上昇したあと、ふたたび下降し、波状飛行する。参拝客もちいさな悲鳴をあげていた。

 六角堂は烏丸通りから六角通りを東側に入って、すぐ左手にある。忽然といった感じで六角形の伽藍(がらん)が建っている。正式には紫雲山頂法寺、聖徳太子建立と伝えられている。

 本堂裏手には、ガラス張りのしゃれたビルが建っている。生け花の流派「池坊」の総務所である。「池坊」の僧が本堂に安置されている本尊・如意輪観音菩薩に花をそなえたところから、この流派が起きたとされる。

 本堂のまえにしげる柳の大木の根方には、直径30センチほどの六角形の柱石が埋めこまれていた。まわりには、これまた小石が六角形に敷きつめられている。

 「へそ石」という木札が立っていた。このあたりが京の中心、つまり「へそ」にあたるため、この名前がつけられたという。

 この場合の「京」は、井上章一のベストセラー『京都ぎらい』にあるように、あくまでも「京」の「洛中」を指している。宇治や伏見、嵯峨野などをふくめた京都市内地図を見ればわかるが、六角堂のあたりは「へそ」などにはあたらない。

 閑話休題(それはさておき)。建仁元(1201)年の春ごろ、比叡山の童僧であった29歳の親鸞は、この本堂で100日間の参籠(さんろう)に入った。95日目の明け方、観音菩薩の夢告、つまり夢のお告げをえた。

行者宿報設女犯我成玉女身被犯一生之間能荘厳臨終引導生極楽

 という内容だった。読み方はさっぱり分からないが、意味は「もしあなたが女犯を犯すならば、私がその相手となりましょう、そして一生あなたと添いとげて、命終わるときには必ず極楽へ生まれさせましょう」ということになる。

 不思議なお告げである。ヒントは先刻の「へそ石」にある。親鸞は90歳と、当時としては奇跡的なまでの長命をまっとうしたように、カラダは頑健であった。

当時、出家した修行者に性行為は禁止…親鸞は妻ふたり、子8人…そして

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