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【虎のソナタ】村山さんが背負った「悲運」の歴史再び… 天国で悔し涙!?「命かけて判定してくれッ」

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【虎のソナタ】
村山さんが背負った「悲運」の歴史再び… 天国で悔し涙!?「命かけて判定してくれッ」

兼任監督時代の1972年、悲壮な表情を浮かべる村山実 兼任監督時代の1972年、悲壮な表情を浮かべる村山実

 いまにもブッ倒れそうな引きつった顔でチェコの長距離ランナー、「人間機関車」と呼ばれたエミール・ザトペックは1952年ヘルシンキ五輪で金メダルを3個。常に悲壮感たっぷりで全力投球する村山実は関大2年で大学日本一になった頃から「ザトペック投法」といわれていた。

 巨人戦となるとドクターストップがかかっているという相当強い痛み止め注射を受けてからマウンドに向かう。あるときは39度の発熱を押して…。右手の指が血行障害で冷えてくる。そのため熱湯をベンチに用意してマウンドに立ち続けた1967年5月31日、後楽園で先発し、勝負球のフォークを主治医から「投手生命が大事なら投げるな」とストップをかけられていた。

 その時、江夏豊はルーキー。目の前で熱湯をいれた洗面器に手をつっこみ、村山が指先を温めてから先発のマウンドに向かう鬼気せまる横顔を江夏はいつまでも「忘れられない」と…。

 相変わらず当時の阪神は目を覆うばかりの“貧打”で…しかも魔球を禁じられたザトペックは三回で力尽きる…「プロの気迫をみた」という江夏は村山をリリーフして巨人戦の初勝利を飾る。

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