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【関西プチ遺産】「相撲」発祥地に築かれた「蹶速(けはや)塚」

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【関西プチ遺産】
「相撲」発祥地に築かれた「蹶速(けはや)塚」

相撲発祥の地とされる場所にある「蹶速塚」=奈良県葛城市 相撲発祥の地とされる場所にある「蹶速塚」=奈良県葛城市

 近鉄南大阪線の当麻寺(たいまでら)駅で下車し、当麻寺への参道を歩くこと数分。右手に2メートル半近い立派な五輪塔が現れる。傍らには「史蹟当麻蹶速(けはや)之塚」の石柱。

 『日本書紀』垂仁7年条の話。大和の当麻村に当麻蹶速という勇猛な人物がいた。自分と力比べする者はいないかと常々言っていた。出雲国に野見宿禰(のみのすくね)という勇者がいるので、蹶速と相撲を取らしてみようということになった。垂仁天皇の前で対戦させたところ、野見宿禰は蹶速の脇骨と腰を踏みくじき、殺してしまったという。天皇は蹶速の領地を没収し、勝者の野見宿禰に与えた。これが当麻村にある腰折田(こしおれだ)であると。

 この話が我が国における相撲の起源とされている。

 『当麻町史』(1976年)では「大字当麻には当麻蹶速の墓と伝承する五輪塔があり、角力関係者の信仰の対象となっている。一に当麻国見(たいまのくにみ)の墓ともいわれるが、五輪塔は鎌倉期の作である」と。蹶速墓の伝承が鎌倉時代までさかのぼるとは思えないが、『大和名所図会』(1791年)には天覧相撲の絵と「腰折田」についての記述があるので、地元の勇士としての蹶速に対する思いが江戸時代にはあったのだろう。

 蹶速塚の隣には相撲の資料館「けはや座」もあるので、大阪場所の興奮が落ち着いたら、散歩がてら当麻の里に足を向けてみるのも一興だろう。(伊藤純・大阪歴史博物館)

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