産経WEST

【野球三昧】元阪神・渡真利氏、3度目の人生の「恩返し」

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【野球三昧】
元阪神・渡真利氏、3度目の人生の「恩返し」

【巨人-阪神】4回裏無死 打者・小坂誠の時、急病で崩れ落ちる主審の渡真利克則氏。その後病院へ搬送された =2006年04月21日、東京ドーム

 ことし一番うれしかったニュースは掛布雅之の二軍監督就任。背番号「31」の復活で、ファームの秋季キャンプが行われた兵庫県西宮市の鳴尾浜球場には連日、300人以上の虎ファンが押しかけた。

 「ありがたいね。田淵さんやボクらがそうだったように、選手はファンに育てられる。熱い応援、強烈なやじが若い選手の血や肉になるんだよ。そのお礼かな」

 練習が終わる午後4時前から掛布二軍監督の「臨時サイン会」が始まる。1時間、2時間…最後の1人にサインを書き終わるまで掛布はやめようとはしない。

 平日1日最低300枚として15日間で約4500枚。腱鞘炎(けんしょうえん)にならないかい?と心配すると「現役時代はこれの倍以上書いてたじゃないか」と笑った。たしかに当時はこんなもんじゃなかった。

 ある男に再会した。渡真利(とまり)克則、53歳。1980年、沖縄・興南高からドラフト2位で阪神入団。85年のリーグ優勝を決めたヤクルト戦で延長十回、バースに代わって一塁を守り、記念すべき“ウイニングボール”を手にした男である。

 黒のTシャツ、黒のジャージー、手にはトンボ。「阪神園芸 整備課主任」それが今の彼の肩書。2010年からグラウンドキーパーとしてここ鳴尾浜球場を守っている。

「産経WEST」のランキング