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【ビジネスの裏側】朝ドラ「あさ」の夫ゆかり ユニチカ記念館が穴場に びっくりぽんの“姑”の写真

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【ビジネスの裏側】
朝ドラ「あさ」の夫ゆかり ユニチカ記念館が穴場に びっくりぽんの“姑”の写真

尼崎紡績創立願書の広岡信五郎の署名=兵庫県尼崎市のユニチカ記念館(岡本義彦撮影)

 会社創立にかかわった発起人45人のうち、大阪組は17人で、このひとりが大阪の豪商、加島屋の信五郎だった。展示された会社の創立願書には、発起人の名前が記され、信五郎の筆跡も確認できる。尼崎でなく、大阪組の信五郎が初代社長に就いたことは、当時の関西財界でいかに有力者であったかがうかがえる。

 朝ドラでは、主人公の夫は、行動力と情熱のある妻の事業家としての才能を見いだし、生涯にわたってその奮闘を支える存在として描かれているが、そのモデルの実業家としての側面がうかがわれる。

 東洋の魔女ゆかりの品も

 ユニチカといえば、昭和39年の前回の東京五輪で優勝し、「東洋の魔女」と呼ばれた日本代表に選手のほとんどを輩出したことで知られる。記念館には、日本代表ゆかりの品も多く展示されており、5年後の東京五輪開催が決まった一昨年以降は、前回の東京五輪の際に女子バレーボールで金メダルを取った「東洋の魔女」の活躍ぶりをみようと訪れるファンが目立っている。

 展示では、大松博文監督(故人)が五輪開会式で着用していたブレザーや帽子のほか、選手の練習写真などを展示。当時の社内報は見開きで金メダルの獲得を大々的に記事にし、会社が祝福ムードに包まれたことが分かる。

 ソ連との決勝戦のテレビの視聴率は66・8%に達するなど、スポーツ中継の歴代最高を誇る。金メダル獲得は当時の日本人の心に印象深く刻まれた。「(その5年後にニチボーと日本レイヨンが合併して誕生した)ユニチカの名前を東京はじめ全国に浸透させるきっかけにもなった」(担当者)。

 マスコットガールまで

 週に水曜日限定の開館ということもあり、来館者は一昨年まで年間200人台が続いていたが、東京五輪開催が決まった一昨年の秋以降からじわりと増加。昨年は約2倍の454人になった。さらに今年は朝ドラ効果が加わり、来館者が100人を超えた月もあり、10月末時点ですでに前年を上回っている。

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