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【花形参上、愛を語る(4)】関西に居続けることが美学 歌舞伎俳優、片岡愛之助さん

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【花形参上、愛を語る(4)】
関西に居続けることが美学 歌舞伎俳優、片岡愛之助さん

 愛之助 父(片岡秀太郎)は本気で僕を東京に出すことを考えたそうです。あのころは、関西の公演なのに、東京の同世代の役者さんの方がいい役をしておられました。僕はそういうものだと思っていた。父の方が悔しかったみたいですね。そういえば昔、出演した歌舞伎で役名がなかったとき、関西の女性記者さんたちが抗議してくれて、「寛吉(ひろきち)」と名前が付いたことがありましたよね。

 --そんなこともありましたね。でもそれでも東京に出ていかなかった

 愛之助 僕が入ったのは上方歌舞伎の“十三世仁左衛門学校”であり、“秀太郎学校”。師匠の背中を見てすてきだなあと思って育ちましたから、そこに行き着くのが目標。東京に行くという選択はまったくありませんでした。スタンスは今も変わりません。ホームグラウンドは大阪松竹座であり南座。関西に居続けることが僕の美学です。

 --そんななかで当たり役にもめぐり会いました。特に大阪を舞台にした「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」の団七九郎兵衛(だんしちくろべえ)や「女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)」の与兵衛(よへえ)は、大阪に生まれ育った役者だからこそのお役です

 愛之助 そういう大役を勤めさせていただけるきっかけの一つが、平成14年から大阪で始めた「平成若衆歌舞伎」だったんです。人生で初めて座頭(ざがしら)を経験しました。

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