産経WEST

【遅咲きクイーン 夢舞台へ(4)】いつも日本人2番手か3番手… 勝負へのこだわり強くなった リオ五輪女子マラソン代表 伊藤舞さん

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【遅咲きクイーン 夢舞台へ(4)】
いつも日本人2番手か3番手… 勝負へのこだわり強くなった リオ五輪女子マラソン代表 伊藤舞さん

2011年の大阪国際女子で2位に入った伊藤舞さん。2回目のマラソンで飛躍した(安部光翁撮影) 2011年の大阪国際女子で2位に入った伊藤舞さん。2回目のマラソンで飛躍した(安部光翁撮影)

 --初マラソンは2010年3月の名古屋国際で、社会人3年目の25歳でした。フルマラソンを意識したのはいつごろからですか

 伊藤 自分の中ではずっとフルマラソンは無理って思っていたんで、(大塚製薬の)河野匡(かわのただす)監督に「マラソン走るか」といってもらうまでは何も考えてなかったです。

 --無理というのは

 伊藤 すごい練習量をこなさないといけないというイメージが勝手にあったのと、自分は故障も多くて練習が継続できていなかったので無理だろうって思っていました。

 --監督から「マラソンやってみるか」といわれたときの気持ちはどうでしたか

 伊藤 不安はいっぱいだったけど、ちょっと走ってみたい気持ちもありました。(名古屋国際の前に)ニュージーランドで日本陸連の合宿に参加したときに、違うチームの監督や選手に「大丈夫だよ」って背中を押してもらって出た感じです。

 --初マラソンは2時間29分13秒で4位。意外と走れた印象ですか

 伊藤 30キロまでは先頭集団で走れました。40キロ走もせずに臨んだので、次はもう少し練習すればもっと走れるんじゃないかという期待というか、自分がマラソンを走れるのかという不安はなくなりました。

 --今回の世界選手権が11本目のレースでした。優勝経験はまだ…

 伊藤 ないんです。

 --2011年の大阪国際が優勝に一番近いレースでした

 伊藤 あのときは2回目のマラソンで終盤は赤羽有紀子さんとの競り合いになったんですけど、1回目に30キロまで先頭集団でいけたんだったら、次は35キロでも40キロでも、いけるところまでついていこうという思いでした。

 --世界選手権では日本人トップの7位に入りましたが、実はこれまで日本人トップの経験も少ないですよね

 伊藤 いつも2番手か、3番手か4番手か…。

続きを読む

このニュースの写真

  • いつも日本人2番手か3番手… 勝負へのこだわり強くなった リオ五輪女子マラソン代表 伊藤舞さん

「産経WEST」のランキング