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【もう一人のあなた 嫉妬のジレンマ(5)】自分にない才能、ねたんだ手塚治虫 漫画の神様も焦燥感で「ノイローゼに」

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【もう一人のあなた 嫉妬のジレンマ(5)】
自分にない才能、ねたんだ手塚治虫 漫画の神様も焦燥感で「ノイローゼに」

鈴木おさむ氏(スマイルカンパニー提供)

 漫画の神様、手塚治虫は自分のことを評して「転向者」と呼んだことがある。周りに流され、幾度となく、その表現スタイルを変えてきたからだ。

 手塚の転向には、往々にして、ある感情が働いていた。同業者へのコンプレックス。つまりは嫉妬だ。

 たとえば、百鬼丸が魔物退治の旅に出る「どろろ」(昭和42~43年、週刊少年サンデー)は、水木しげる(93)が「ゲゲゲの鬼太郎」で巻き起こした妖怪ブームが連載の引き金になっている。本人いわく「俺にだって描ける」という“負けん気”が頭をもたげたのだという。

 リアルな描写の「劇画」がブームになると、子供向けの漫画家とみられていた手塚は「ノイローゼになった」と後に回想している。

 苦悩の末、ここでも転向。流行の劇画タッチを意識するようになり、後期の代表作「ブラック・ジャック」(48~58年、週刊少年チャンピオン)のような、手塚流劇画といわれる一つの世界を作り上げた。

 評伝「手塚治虫」(ミネルヴァ書房)などの著書がある同志社大メディア学科教授、竹内オサム(64)は手塚と石ノ森章太郎との間の、こんなエピソードを教えてくれた。

 石ノ森が当時「COM」という雑誌に連載していた漫画「ジュン」をめぐってのこと。実験的な表現技法を駆使し、注目を集めていた作品だった。

 これに嫉妬した手塚は、ある読者への手紙の中でジュンをけなした。尊敬する天才漫画家の“酷評”を伝え聞いた石ノ森は、掲載を見合わせようとしたが、それを耳にした手塚があわてて石ノ森の自宅に出向き、謝罪したのだ。

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