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【衝撃事件の核心】「1人でも多く殺す」山口組トップ狙撃事件の首謀者が真相激白 修羅の道を抜け牧師になった理由とは

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【衝撃事件の核心】
「1人でも多く殺す」山口組トップ狙撃事件の首謀者が真相激白 修羅の道を抜け牧師になった理由とは

山口組トップ狙撃事件について語る牧師の吉田芳幸さん。当時は武闘派と呼ばれ、山口組組員に射殺された兄の復讐のため、命を捨てる覚悟で山口組との〝全面戦争〟に踏み切ったという=大阪府東大阪市

キリスト教への回心

 吉田さんは出所後、韓国へ渡った。事件前に知り合ったクリスチャンの韓国人女性に会うためだった。

 女性は吉田さんの子を産み、育てていた。「刑務所を出てきたときには娘は幼稚園に上がっていた。妊娠していたとは知らなかった」。その後、吉田さんの人生は大きく変化する。

 帰国後、結婚。「神さんは弱い者が頼るものや」と、クリスチャンの妻に暴力を振るったこともあった。かつては数十億円の現金を動かしていたのに、何をやってもうまくいかず、数百円にも事欠くありさまだった。

 だが、「不思議なことに、妻が神に祈ると難問は次々に解決した」。病に伏せていた親類が一気に快方に向かうなど、数々の奇跡を目の当たりにした。「彼女は神様の声が聞こえる」と次第に考えるようになった。

 そして「平穏な暮らしをしたい。夫をクリスチャンに」という妻の願い通り、40代半ばで極道の世界から足を洗った。数年後には自ら洗礼を受けた。新約聖書に出てくる悪党の「バラバ」に自分の姿を重ね合わせた。バラバは死刑が決まっていたが、悪の限りを尽くしたバラバに変わってイエスが罪を受けたとされたからだ。あらゆる悪に手を染めた自らを悔い改めた。

 「私の場合、イエス様を信じたら、みんなも私を信じてくれるようになり、人生が変わった」

 吉田さんは今、キリスト教の牧師、信徒代表の長老として、東大阪市の「ベタニヤチャーチ」をはじめ、世界各国で伝道を続けている。

 大阪戦争から40年がたち、暴力団を取り巻く社会情勢は大きく変わった。

 吉田さんは「ヤクザのときは自分の力や金がすべてだった」とつぶやき、自戒の念を込めてこう続けた。

 「時代は変わった。あのままヤクザを続けていたら、今ごろまた刑務所の中か、もう死んでいたかもしれない」

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