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【衝撃事件の核心】「1人でも多く殺す」山口組トップ狙撃事件の首謀者が真相激白 修羅の道を抜け牧師になった理由とは

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【衝撃事件の核心】
「1人でも多く殺す」山口組トップ狙撃事件の首謀者が真相激白 修羅の道を抜け牧師になった理由とは

山口組トップ狙撃事件について語る牧師の吉田芳幸さん。当時は武闘派と呼ばれ、山口組組員に射殺された兄の復讐のため、命を捨てる覚悟で山口組との〝全面戦争〟に踏み切ったという=大阪府東大阪市

 「仇は組織の頂点。山口組3代目、田岡一雄組長。よし、全面戦争だ。このままでは絶対終わらせない」

 吉田さんは復讐(ふくしゅう)を誓い、配下の組員らは芳弘氏の遺骨を懐中に忍ばせた。

 ただ、山口組は当時で1万人超の組織。自分の配下の組員は約70人だった。「人数ではとても勝てないが、兄貴は日本一の組長だった…」。命を捨てる覚悟を固めた。

 芳弘氏の死から2年近くの歳月を経たある日。京都・京阪三条駅前のナイトクラブ「ベラミ」に、田岡組長が立ち寄っているとの情報を得た。配下の組員と近くのマンションの一室を借りて網を張り、毎晩、作戦会議を繰り返した。

 田岡組長のボディーガードは20~30人。それに対抗しようと、射撃が得意な組員を川に連れては水面に向かって撃たせた。組員らに客を装ってベラミに日参させたという。

ベラミ事件の真相

 「来ました!」

 ついにその日が訪れる。53年7月11日、蒸し暑い夜だった。

 店内に潜入していた鳴海清組員=当時(26)=から一報が入ると、吉田さんは「10分間待て」とだけ伝え、配下の幹部2人を車で向かわせた。

 しかし、車はベラミに向かう途中でパンク。2人が約30分遅れて到着すると、ちょうど鳴海組員が店内から出てきたところだった。

 「どないした! 殺(や)ったんか」。幹部が声を張り上げると、鳴海組員は「取った。手応えはあった」と話した。鳴海組員を車に乗せるまで、山口組の追っ手は来なかった。

 銃弾は確かに田岡組長の首を貫通したが、奇跡的に一命を取り留めた。テレビニュースを見て復讐が失敗に終わったことを知った鳴海組員はその場で泣き崩れたという。

 「あの2人が間に合っていたら、完全に取っていた(殺していた)だろう」。吉田さんは今でもそう思う。

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