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【メガプレミアム】「歴史を直視しろ」はこっちのセリフ 中国とポル・ポトの関係は…大量虐殺に加担した史実を隠すな

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「歴史を直視しろ」はこっちのセリフ 中国とポル・ポトの関係は…大量虐殺に加担した史実を隠すな

何枚もの顔写真が貼り付けられているツールスレン虐殺博物館。共産主義政権の犠牲者だ(ロイター)

 カンボジア国民にとっては到底、水に流せる問題ではないだろう。同国の悪夢ともいわれるクメール・ルージュが中国のサポートなしでは成り立たなかったことは史実として認識されている。米コーネル大学で中国とアジア太平洋地域の研究を担うアンドリュー・メーサ氏は「中国の支援がなければ、クメール・ルージュは1週間と持たなかっただろう」と断じている。

カンボジアとは“蜜月”

 クメール・ルージュがカンボジアを支配したのは1975年4月~79年12月。指導者のポル・ポトは「階級のない完全な共産主義社会」を目指し、一切の国民の財産を没収。「反乱の恐れがある」として特に知識層を敵視し、殺戮の限りを尽くしたホロコーストの時代だ。犠牲者の正確な数字はいまだ不明だが、同紙は約170万人と伝えるなど、200万人前後が虐殺されたという。英映画「キリング・フィールド」を思い出す人もいるだろう。

 その“狂産”カンボジアに肩入れしていたのが、毛沢東(76年死亡)であり、●(=登におおざと)小平の中国だった。

 両国の関係を著書「戦友」(Brother in Arms)に集大成したメーサ氏は「当時、カンボジアへの外国援助の90%は中国が担っていた」と語る。食料や建設資材から戦車、航空機、火器まで送り込み、殺戮の最中でも、中国人エンジニアや軍事顧問はクメール・ルージュの共産党員を訓練していたという。同国中部には“蜜月”ぶりを象徴する軍用滑走路が残っている。

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