産経WEST

【鹿間孝一のなにわ逍遙】大阪万博のシンボルマークも“一騒動”あった

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【鹿間孝一のなにわ逍遙】
大阪万博のシンボルマークも“一騒動”あった

日本万国博覧会(エキスポ'70)の新しいシンボルマークを持って“ご満悦”の「財界総理」こと石坂泰三・協会会長=昭和42(1967)年8月

 大阪万博は日本のデザイン界に革命をもたらした。

 名だたる建築家が奇抜で未来的なパビリオンの設計を競い、気鋭のファッションデザイナーたちが各パビリオンのコンパニオンのユニホームを手がけた。

 会場内の道路標識や街灯、電話スタンド、さらにはトイレやゴミ箱などあらゆるものがデザインされた。

 大学紛争や70年安保闘争、ベトナム反戦運動など反体制的な時代の風潮の中で、クリエーターたちがすべて万博に賛同していたわけではない。が、そんな「反パク(反万博)」のエネルギーさえも大阪万博はのみ込んだ。

 象徴的なのがチーフ・プロデューサーだった岡本太郎さん(1911~96年)が手がけた「太陽の塔」である。

 お祭り広場は高さ30メートルの大屋根で覆う設計だったが、「べらぼうなものにする」と岡本さんが宣言した「太陽の塔」はとても屋根の下に収まらない。

 議論百出したが、岡本さんは大屋根を突き抜けてさせることで解決した。アイデアの元になったのは石原慎太郎さんの芥川賞作品「太陽の季節」で、男性のシンボルが障子を突き破る有名なシーンである。

 岡本さんは「太陽の塔こそ反万博だ」と言ってはばからなかった。

 東京五輪があれこれ迷走するのは、こうした骨太の精神がないからではないか。

鹿間孝一 鹿間孝一 産経新聞特別記者兼論説委員(平成25年9月まで大阪特派員を兼務)。北海道生まれの大阪人。生涯一記者を自任していたが、なぜか社命によりサンケイリビング新聞社、日本工業新聞社で経営にタッチして、産経新聞に復帰した。記者歴30余年のうち大半が社会部遊軍。これといった専門分野はないが、その分、広く浅く、何にでも興味を持つ。とくに阪神タイガースとゴルフが好き。夕刊一面コラム「湊町365」(「産経ニュースWEST」では「浪速風」)を担当。共著に「新聞記者 司馬遼太郎」「20世紀かく語りき」「ブランドはなぜ墜ちたか」「なにが幼い命を奪ったのか 池田小児童殺傷事件」など。司馬遼太郎に憧れるも、いうまでもなく遼に及ばず。

このニュースの写真

  • 大阪万博のシンボルマークも“一騒動”あった

「産経WEST」のランキング