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【ターニングポイント】NANKAI空港線開業20年…「間に合うのか」と不安もよぎった世紀の大事業、今では関西と世界をつなぐ“懸け橋”に

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【ターニングポイント】
NANKAI空港線開業20年…「間に合うのか」と不安もよぎった世紀の大事業、今では関西と世界をつなぐ“懸け橋”に

関西国際空港開業にあわせて導入された南海電気鉄道の空港特急「ラピート」の出発式=平成6年9月

 今年創業130周年を迎えた南海電気鉄道。長い歴史の中で大きな転機となったのが、平成6年の大阪府泉佐野市と関西国際空港を結ぶ空港線の開業だ。関西と世界をつなぐ“懸け橋”となる路線だけに、社運をかけたプロジェクトとして臨んだが、建設工事は困難を極めるなど開業に至る道のりは決して平坦ではなかった。それから約20年。いまや空港線は南海にとどまらず、関西の経済や地域活性化に欠かせない存在となっている。

 北高南低打破を

 平成6年6月15日。南海の歴史に新たな一ページが刻まれた。

 泉佐野駅(泉佐野市)~関西空港駅の約8・8キロの空港線が、約3カ月後の関空開港を控えて開業を迎えたのだ。

 当時の大阪は梅田を中心とする北部地域に対し、難波を中心とした南部地域の開発が遅れた「北高南低」の状況にあった。

 南部の泉州地域に沿線がある南海は、空港建設をきっかけに沿線活性化を図ろうと空港線の建設を決断した。空港運営に不可欠な鉄道アクセスの中核を担う重責。南海には、まさに社運をかけた「世紀の大事業」だった。

 「間に合うのか」

 だが、建設工事は苦難の連続だった。

 用地買収を始めたのは、バブル経済期の昭和63年4月。当時、南海の泉佐野工事事務所総括主任として建設を担当した南海辰村建設の伊藤博人常務執行役員は「約3万平方メートルにも上る用地取得は想像以上に難しかった」と話す。

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