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【高校野球】あの春、清原はベンチで泣いた 打ち砕かれた「自分が一番」の思い

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【高校野球】
あの春、清原はベンチで泣いた 打ち砕かれた「自分が一番」の思い

「KKコンビ」として一大ブームを巻き起こしたPL学園の清原(左)と桑田

 夏の甲子園を目指す各地方大会が続々と開幕している。全国有数の激戦区とされる大阪大会も11日にスタートする。過去、大阪から全国区のスターに駆け上がった選手は数多いが、中でもPL学園(大阪)の清原和博内野手、桑田真澄投手の「KKコンビ」は記憶にも記録にも残る大選手といえるだろう。

 2人は1983年夏から5季連続で出場し、優勝と準優勝が2度ずつと黄金時代を築いた。ともに1年生から主力として活躍。清原はいきなり4番に座り、甲子園通算13本塁打という桁外れの記録を残した。

 「KKコンビ」がいたPL学園が甲子園で敗れたのは3度。相手は2年春の決勝が岩倉(東京)、2年夏の決勝が取手二(茨城)、3年春の準決勝が伊野商(高知)。興味深いのは相手がいずれも当時の強豪チームではなかったこと、それでもエース(岩倉の山口重幸、取手二の石田文樹、伊野商の渡辺智男)は後にプロ入り(山口は阪神など、石田は横浜、渡辺は西武など)していることだ。

 当時、PL学園監督だった中村順司さん(現名商大監督)は伊野商に敗れた日の清原のことを忘れられないという。清原は渡辺の前に手も足も出ずに4打席3三振。「清原はおそらく『自分が一番上だ』と思っていたはず。それが準決勝でやられた上に、自分は3三振。負けた直後、ベンチで、あれほど泣いた清原を見たのは初めてでした」と振り返る。

 清原の悔しさはおさまることはなかった。甲子園から学校に戻り、ミーティングを行った。それが終わり、ふと気づくと清原の姿がない。あちこち捜した下級生から報告があった。「室内練習場で、清原は上半身裸になって、汗だくになって素振りをしていたそうです」

 清原はこの大きな悔しさを最後の夏に晴らした。宇部商(山口)とぶつかった決勝での2打席連続を含む大会新記録の5本塁打と爆発し、1年生のとき以来、2年ぶりの頂点をつかんだ。

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