産経WEST

高山右近に再び熱視線 没後400年のキリシタン大名…「福者」として年内にも認定へ 

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新


高山右近に再び熱視線 没後400年のキリシタン大名…「福者」として年内にも認定へ 

高槻城跡公園の高山右近像=大阪府高槻市(中村雅和撮影)

 織田信長や豊臣秀吉に仕えたキリシタン大名で、キリスト教を禁教とした江戸幕府から国外追放され、フィリピン・マニラで病死した高山右近(1552~1615年)が、ローマ法王庁から、カトリック教徒の崇敬対象「福者(ふくしゃ)」として、早ければ年内にも認定される見通しになった。正式決定を前に、バチカンからイエズス会司祭が訪日し、その足跡をたどるなど、没後400年の節目の年に右近が再び世界から注目を集め始めている。

 12歳で洗礼を受けた右近は、生涯を通じてキリスト教に強く帰依していた武将として知られる。高槻城主時代の領民のうち約7割がキリスト教徒だったとされるほか、秀吉の側近、黒田官兵衛(孝高)などに入信を勧めるなど、布教活動にも熱心だった。

 秀吉からの棄教命令を拒否して大名としての地位や領地を失い、徳川家康によるキリシタン国外追放令により母国を追われたが、信仰を捨てなかった。

 こうした信仰への真摯(しんし)な態度が、在日宣教師らを通じ当時からヨーロッパ社会に伝えられ、日本を訪れた戦国時代のイエズス会宣教師、ルイス・フロイスは、著書で「全キリシタンの柱」として紹介した。

 福者は、カトリックにおいて聖人に次ぐ崇拝の対象で、マザー・テレサなども認定されている。

 右近についても、福者として認められるための列福(れっぷく)手続きに備え、死去直後に生前の足跡を記録した文書が作成された。しかし、キリスト教を禁教とした江戸幕府の政策により、日本国内での調査はできず、正式な手続きが行われることはなかった。

このニュースの写真

  • 高山右近に再び熱視線 没後400年のキリシタン大名…「福者」として年内にも認定へ 

「産経WEST」のランキング