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【西井禎一のネット裏談義】「虎の子」発掘 名スカウトを悼む

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【西井禎一のネット裏談義】
「虎の子」発掘 名スカウトを悼む

高知商の藤川球児投手(右から2人目)と阪神入団の仮契約を終え、安堵の表情を浮かべる阪神スカウト時代の切通猛さん(左端)=1998年12月2日、高知市内

 「切さん、亡くなったわ」。元阪神監督の岡田彰布さんからの突然の訃報に驚いた。阪神でスカウトやトレーニングコーチなどを務めた切通(きりどうし)猛さんが先日(15日)、死去した。

 現役引退後、スカウトに転身した切通さんは関本や現2軍コーチの浜中らを発掘。視察のために訪れた関西の有力高校の練習試合で、たまたま相手チームのマウンドにあがった高知商の藤川を一目見て、火の玉ストレートの原石を直感したという。

 「体の線は細かったけど、とにかく肩とひじが柔らかくてね。しなるというイメージだった」。他球団がノーマークだったこともあって、その年のドラフト会議で外れ1位指名。金のタマゴを探し当てる目に間違いはなかったが、野球人生の恩人だったのは藤川らだけではない。

 1983年7月10日の広島戦で岡田さんは右足太もも筋肉を断裂し、残りのシーズンを棒に振った。しかし、当時2軍トレーニングコーチだった切通さんとマンツーマンで取り組んだリハビリトレのおかげで、見事に復活。21年ぶりのリーグ制覇、さらに悲願の日本一を達成した85年の活躍につながった。

 阪神退団後、宝塚市内で経営していたスナックに「売り上げに協力せんといかんからな」と岡田さんが足を運んだのも、選手生命に影響しかねない大けがから救ってくれた恩義を感じていたからだ。

 温和な性格で、だれからも慕われた切通さん。「阪神優勝の祝勝会をうちの店でやりたいね」。丸太ん棒のような腕を器用に動かし、肴(さかな)をつくりながら漏らしたひと言が忘れられない。(運動部)

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