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【ターニングポイント】「いつの時代も種はある」ビールの失敗が生んだバイオ事業躍進 宝ホールディングス

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【ターニングポイント】
「いつの時代も種はある」ビールの失敗が生んだバイオ事業躍進 宝ホールディングス

平成元年当時の中央研究所での研究作業=大津市瀬田(宝ホールディングス提供) 平成元年当時の中央研究所での研究作業=大津市瀬田(宝ホールディングス提供)

 清酒・松竹梅や宝焼酎などで親しまれる宝ホールディングス(HD)で、バイオ技術関連事業が破竹の勢いを見せている。研究用試薬や理化学機器、医薬品の開発支援などを手掛け、平成14年には宝HD前身の宝酒造からタカラバイオとして分社化。5年前と比べ売上高は3割増、営業利益は4倍超に急伸している。バイオベンチャーの雄となる転換点には、悲願だったビール事業から撤退した失敗があった。(田村慶子)

 千載一遇の好機が

 成長株として注目されるバイオ事業は、宝酒造のビール事業撤退が形を変えた姿ともいえる。挫折とその後の苦境が、新分野の開拓につながる転機となったからだ。

 「いつかはビールを」。3代目社長に昭和20年に就任した大宮庫吉(くらきち)氏は、この夢を胸に大型合併を次々に進め、醸造用アルコール生産高を業界2位にまで押し上げた。生産基盤を拡充、研究員をドイツやフランスへ派遣するなどして準備を進め、32年に「タカラビール」を発売。だが、千載一遇のチャンスと思えたこの事業は苦戦の道をたどることになる。

 当時の国内ビール市場はキリンビール、アサヒビール、サッポロビールの寡占状態にあり、問屋に取り扱いを断られたのが原因だ。自ら販売会社を設立しても販路は広がらなかった。

 結局、再建かなわず5代目社長の大宮隆氏により42年、ビール事業から撤退。経営は行き詰まり、手形決済を案じて「月末の夜が怖い」と隆氏が手記につづるほど、当時の窮状は厳しいものだった。

 新しいものをやれ

 その後、すぐに同社の新製品開発を担う酒精研究所(京都市伏見区)の一角で、苦境を乗り越える新事業の模索が始まる。「苦しい今こそ、将来へ向けた投資が必要」と訴えたのは隆氏だ。焼酎の低迷も追い打ちをかけ、業績はどん底だったが、研究員を増やすなど開発体制を強化した。

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