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【九転十起の女(37)】ヴォーリズとの縁結びに一役 晩年は女性支援…「花子とアン」のモデルとも

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【九転十起の女(37)】
ヴォーリズとの縁結びに一役 晩年は女性支援…「花子とアン」のモデルとも

一柳満喜子とヴォーリズ(大同生命保険提供)

 実業の人・広岡浅子は多くの人の人生に影響を与えた。中でも若い女性を応援するのが大好きだった。

 井上秀は後に日本女子大学校校長も務めた女性だが、もともとは浅子の娘・亀子の女学校仲間だった。気骨があるところから浅子の気に入り、一時期私設秘書のような役目も果たした。

 炭鉱にも同行し、どんな男性を前にしても一歩も引かぬ浅子の仕事ぶりを目の当たりにして強い影響を受けたという。浅子は「やめなさい」と言わず「やりなさい」と励ます人だったと語り、浅子が亡くなった直後の同窓会誌「家庭週報」では「母校、及び学生に母の如き愛をもって接してくれた。嗚呼母刀自」と嘆いている。

 金銭的援助も惜しまなかった。ジャーナリスト小橋三四子が自分の新聞「婦人週報」を出したときは金銭的援助を続け、大阪YWCAの成立に際しても大口の寄付をしている。

 これと思った若い女性を集め、静岡県御殿場にある自分の別荘で夏季講習会を開いた時期もある。ここには日本女子大卒業生だけでなく矯風会のメンバーや知人など20人ほどを集めた。参加者には市川房枝や村岡花子の名前もみえる。

 建築家のメレル・ヴォーリズと結婚した一柳満喜子は、浅子の人生の最期に間に合ったことが幸運をもたらしたかもしれない。

 満喜子は広岡恵三の妹。父である子爵・一柳末徳との不仲から若いころ兄の養子先である広岡家に身を寄せていた。その後アメリカに留学。帰国後、広岡家のパーティーで出会ったのがヴォーリズだ。ヴォーリズは大同生命本社ビル(大正14年)や支社の多くを手掛けているが、そのときはたまたま恵三邸の建築を頼まれていた。

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