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【スポーツの言葉たち 正木利和】誰かのために走って初めて人は強くなれる 思い出した1枚のはがき

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【スポーツの言葉たち 正木利和】
誰かのために走って初めて人は強くなれる 思い出した1枚のはがき

 「監督の笑顔が見たかった」 女子マラソン・藤村信子

 昨年が喪中だったせいで、年始のあいさつを失礼させてもらったが、この歳になると、どんな年を迎えたろうか、と思いだす人も多い。先日、そんな気になる人のひとりから、異動のあいさつ状が届いた。

 比護信子さん(49)である。旧姓は藤村。小欄が陸上競技の担当をしているころ、彼女は女子マラソンの強豪、ダイハツで主将をしていた。初めて会ったのは、もうかれこれ四半世紀も前になる。

 「いつも元気なノブちゃん」は当時、チームのムードメーカーであり、鈴木従道監督(69)のしかられ役でもあった。

 そのころのメンバーは、1993年の世界選手権で日本女子初の金メダリストとなった浅利(現姓高橋)純子や同年のパリマラソンの覇者、吉田(同和田)光代、92年バルセロナ五輪代表の小鴨(同松永)由水らそうそうたる選手たちである。

 彼女は高校時代、短距離選手。それが、大阪体育大学を経て実業団に入ったときには長距離走者になっていたという、突っ込まれるにはもってこいの変わりダネである。そこに明るい性分ともあいまって、監督とすればポンポンと言いやすいタイプだったようなのである。

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