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【九転十起の女(25)】殉職者の慰霊碑 女性名、同姓に胸つまる

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【九転十起の女(25)】
殉職者の慰霊碑 女性名、同姓に胸つまる

64人の犠牲者を出した潤野炭鉱の慰霊碑=福岡県飯塚市

 広岡浅子が経営した潤野炭鉱も閉山となってすでに半世紀。当時の面影はほとんど残っていない。とはいえ、全くないわけではない。

 飯塚市歴史資料館でボランティアをしている梅田一正さん(64)を紹介された。梅田さんは潤野炭鉱の近くで生まれ、親類縁者が働いていた炭鉱の記憶を残したいと潤野炭鉱について調べている。

 昔の記録と自分の記憶を重ねながら、立て坑のあった場所、事務所があった場所、炭住と呼ばれる社宅があった場所、保育所があった場所などを写真に撮り、ノートに整理している。

 「閉山したのは昭和36年。これはよく覚えています。小学校を卒業した年だから。その前から合理化が進んでいたので友達はどんどん減っていた。炭鉱の中で遊んでいたのでいろんな思い出がありますね」

 故郷の炭鉱の光と影を自分なりに考え直そうと時間に余裕ができたここ2、3年動いている。地元の歴史を語る会にも参加した。

 炭鉱のことは地元でも知らない人が増えた。私もボタ山がこんな緑の山になることは現地で見て初めて知った。ボタ山は採掘にともなって出る捨て石を独特のピラミッド形に積み上げたものだが、自然の力はすごい。石の間から芽が出、木が茂り、かつて真っ黒だった場所は緑におおわれた山になっているのだ。

 「自然発火もしますよ。証拠をお見せしましょう」という梅田さんの案内で、かつて潤野炭鉱のボタ山だった住宅地の一角に行った。道端の急斜面は黒いがれ場。確かに燃えた跡がある。

 炭鉱の火は恐ろしい。潤野炭鉱の中心地は現在の県立嘉穂高校だが、その正門前の墓地跡に大きな碑が立っている。潤野炭鉱ガス爆発事故による殉職者の慰霊碑。明治36年1月、というから浅子の手はすでに離れているが、死者64人という大惨事だった。

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