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【九転十起の女(6)】勢力築き上げた三井家一族

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【九転十起の女(6)】
勢力築き上げた三井家一族

広岡浅子の実家、三井出水家があったあたり。跡地の一部にホテルが建っている=京都市上京区

 NHK連続テレビ小説「あさが来た」のヒロインのモデルで、大同生命の創設者の一人でもある明治時代の女性実業家、広岡浅子は、嘉永2(1849)年10月18日、京都の三井出水家の第6代当主、三井高益(たかます)の4女として生まれた。高益50歳のときの子だ。

 嘉永2年といえばペリー来航4年前。浅子が成長期を過ごす幕末の京都は、孝明天皇の妹・和宮が徳川将軍家に降嫁し、会津藩主・松平容保が京都守護職として入洛し、新選組が猛威をふるうなど明治維新(1868年)に向け騒然とした雰囲気に包まれていく時代だ。

 江戸期最強の豪商・三井家一族のお嬢様だった浅子の周辺には、どんな空気が流れていたのだろう。

 当時、京都で三井の勢いはたいしたものだったはずだ。三井越後屋といえば江戸日本橋のイメージが強いが、京都は長く一族の拠点だった。

 三井の元祖とされる三井高利(たかとし)(1622~1694)は伊勢・松坂(三重県松阪市)の出身だが、52歳で江戸と京都に店を開き、抜群の商才によって驚異的な成功を収めた。主力の呉服業は京都が仕入れ地。高利は65歳で京都に住まいを移し、京都で没している。

 高利には多くの子供がおり、後に三井11家と呼ばれる家をたてている。総領家の北家、次男の伊皿子家、3男の新町家、9男の南家など。浅子の実家、出水家は6男の高好(若くして没)の養子となった高利の10男・高春がたてたもの。明治維新後、東京の小石川に住まいを移したことから小石川家ともいわれる。

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