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【関西の議論】「忍者の日」に歴史的和解…「伊賀VS甲賀」はアニメや小説が創りあげた虚構!?

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【関西の議論】
「忍者の日」に歴史的和解…「伊賀VS甲賀」はアニメや小説が創りあげた虚構!?

NINJAフェスタで忍者に扮装した子供たち。世界中からの注目を集めている=三重県伊賀市

 さらに、岡本市長は「伊賀と甲賀は山でつながっています。実は親類同士でとても仲が良かった」と強調。今後は、両県が連携して忍者のイメージチェンジを図り、県境を隔てた観光戦略に力を入れていくことを約束した。

小説やアニメで「対立」が定着?

 もともと仲が良かったはずなのに、いったい、なぜ「伊賀vs甲賀」という対立の図式が生まれたのか-。

 その答えは、伊賀市で行われた「忍者シンポジウム」で明らかにされた。この会には、古流武術連合会の中島篤巳会長、甲賀伴党21代宗師家で三重大の川上仁一・社会連携特任教授、同大人文学部の山田雄司教授、吉丸雄哉准教授、甲賀忍術研究会の渡辺俊経前会長ら最前線で忍者と忍術の研究をする俊英がそろった。

 史実では、伊賀忍者は天正9(1581)年の天正伊賀の乱で織田信長によって焼き打ちにされ、豊臣秀吉とも対立していた。ところが、伊賀出身の武将、服部半蔵の縁で徳川家康に接近した。翌10年に起きた本能寺の変で、大坂に滞在していた家康が三河国へ遁走(とんそう)した際には最難関とされる「伊賀越え」に活躍し、その後は家臣に登用された忍者も多かったという。

 一方、甲賀忍者は豊臣家に仕えており、伊賀との対立の構図は、戦国時代の主役とされる3武将の人間関係がそのままあてはめられたとみられる。

 シンポジウムでは、吉丸准教授が「伊賀vs甲賀の系譜」というテーマで講演し、両忍者の対立が定着した過程を解説した。

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