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【戦後70年・回想録(下)】「よっしゃ、これでグラマンに勝てる」零戦・紫電改パイロットが語る…心に焼き付く記憶

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【戦後70年・回想録(下)】
「よっしゃ、これでグラマンに勝てる」零戦・紫電改パイロットが語る…心に焼き付く記憶

零式艦上戦闘機(零戦)

 私は4月12日に沖縄の制空隊で攻撃に行ったとき、喜界島の上空で空中戦になった。紫電改は零戦と違って燃料が少ないので空中戦を長くできない。戦闘機の空中戦は弾や燃料がなくなる3分間が基本。私は2機撃墜したと思って基地に帰って報告したら「馬鹿者!お前は敵機が海へ落ちるか島へ落ちたかを確認したのか。それは撃墜じゃない!不確実だ」と怒られた。

司会: 最後に、伊勢神宮外宮にある「国旗の詩」と、これからの日本への思いを

 「戦敗れて萬家国旗を忘る/星条ひるがえる処惨として旗を看る/邦を興す正気はもと此に存す/願わくばこの民をして国旗を愛せしめん」。伊勢神宮外宮の第一鳥居の前にこの碑が建立されている。陽明学者の安岡正篤(1898~1983年)先生の詩。

 この詩は、「戦いに敗れて日本人はみな国旗を忘れてしまった。独立国家でありながら星条旗ばかりが翻っていて残念でたまらない。国旗こそ国を興す根源である。願わくばこの日本国民をして国旗を愛せしめんと」。皆さん、国旗と国歌を愛していただき、日本の隅々までも、祝日には国旗が翻ることを念頭に置いてお願いしたい。

 (会場に零戦の垂直尾翼の破片を示し)これは私がヤップ島で撃墜されたときの零戦が今も海の中にある。それを、戦後持って帰ってきたもの。零戦は、これだけペラペラの飛行機。いかに軽かったかというのを知ってもらいたい。こんだけのペロペロなのに「ジュラルミン」と言っていた。零戦は最高重量3トン、グラマンは最低5トン。それだけ機銃や燃料を積んでいる。こんなことを言うと怒られるが、なかなか零戦では太刀打ちできなかったのを身をもって体験した。   =おわり

□ 

【プロフィル】笠井智一(かさい・ともかず) 兵庫県篠山町に大正15年、生まれる。昭和17年、海軍飛行予科練習生に志願。その後、海軍第二六三航空隊(通称豹部隊)や海軍第三四三航空隊(通称剣部隊)などに所属。空戦の神様といわれた、杉田庄一操縦員らとともにフィリピンや沖縄などで空中戦に加わった。

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