産経WEST

【戦後70年・回想録(下)】「よっしゃ、これでグラマンに勝てる」零戦・紫電改パイロットが語る…心に焼き付く記憶

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【戦後70年・回想録(下)】
「よっしゃ、これでグラマンに勝てる」零戦・紫電改パイロットが語る…心に焼き付く記憶

零式艦上戦闘機(零戦)

 1番機が突っ込んでいった。こっちは全速力で追いかける。突っ込んでいくはずが、敵の船の上までピャーっと引き上げた。「あれ?1番機は特攻止めたのか?」と思ったら、高度2千メートルくらいから、ビヤーっと敵艦に突っ込んだ。あとの2機は横にいた巡洋艦、輸送艦に体当たり。みな17、18、19歳の若者。日本の国が勝つために、国を守るために一生懸命戦った。死んだ人のなかには、「死ぬのはいやや」と思って死んだ人もいました。しかしその人らは物を言いません。この意見を誰が後世に伝えるのか。今生きている人間は、現在の日本を作ってくれた先人たちに、感謝と慰霊の気持ちを持ち、後世に伝えねばならない。(拍手)。

司会: その後内地へ戻り、零戦の後継機の紫電改に搭乗するが、その性能はどうか

 昭和19年11月にフィリピンのマバラカット特攻基地から特命で内地に帰り、横須賀で三四三航空隊を編成。12月末に松山基地に移った。紫電改は零戦なんて問題にならないくらいすごい。零戦は800馬力だが、紫電改はグラマンと同じ2千馬力。零戦は軽いから小技が効くが、スピードや上昇は紫電改は良かった。「よっしゃ!これでグラマンに勝てる」と、自信を持った。

 当時アメリカのグラマンは零戦を「カモが来よった」と喜んだそう。20年3月19日、空襲に来たときはアメリカの機動部隊の連中は「えらい強い戦闘機だ」と驚いたらしい。私たちも「紫電改で絶対にグラマンに勝つんだ」と確信を持って沖縄の制空、九州の上空哨戒に参加した。

このニュースの写真

  • 「よっしゃ、これでグラマンに勝てる」零戦・紫電改パイロットが語る…心に焼き付く記憶
  • 「よっしゃ、これでグラマンに勝てる」零戦・紫電改パイロットが語る…心に焼き付く記憶
  • 「よっしゃ、これでグラマンに勝てる」零戦・紫電改パイロットが語る…心に焼き付く記憶
  • 「よっしゃ、これでグラマンに勝てる」零戦・紫電改パイロットが語る…心に焼き付く記憶

「産経WEST」のランキング