産経WEST

【鉄道ファン必見】日本一古い「木造客車」が“里帰り”…「陸の孤島」に輝いた「新宮鉄道」の時代

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【鉄道ファン必見】
日本一古い「木造客車」が“里帰り”…「陸の孤島」に輝いた「新宮鉄道」の時代

クレーンでつり上げられ新宮駅に設置される客車(熊野の鉄道100年を祝い未来を考える実行委員会提供)

 新宮鉄道が紀伊半島南端に開通した経緯は、ちょっと変わっている。紀伊半島は熊野の杉やヒノキの産地で、熊野川河口にある新宮市は江戸時代、切り出された木材を船で江戸などへと運ぶ一大拠点として栄えた。

 明治に入り、日本が近代化へと突き進む中、木材の需要はいっそう高まり、東京だけでなく台湾へも船で輸送された。しかし、熊野川河口は台風などの影響で砂利が堆積し、船の接岸が次第に難しくなった。

 そこで、大型貨物船が入港できた約15キロ南の勝浦漁港(同県那智勝浦町)に拠点を移すことになった。ところが当時は紀伊半島の沿岸を巡る鉄道はなく、新宮に集めた材木を勝浦まで運ぶ手段がなかった。このため地元を中心に新たに新宮-勝浦間の鉄道敷設計画が立てられ、明治41年、林業で財をなした地元業者が中心になり、寄付なども募って「新宮鉄道株式会社」が設立された。

 工事は44年に開始。大正元年に途中区間が仮開業し、同2年3月に新宮-勝浦間が正式開業。当時は約15キロを44分で結んだ。

貴重な木造客車

 今回、里帰りした客車「ハフ13」は大正元年の仮開業の際に建造。台車こそ輸入されたが、車体は地元の大工によって作られたという。記号の「ハ」は3等車、「フ」は手動ブレーキが取り付けられた車両という意味だ。

 新宮鉄道は経営は黒字続きだったが、昭和9年に国に買収され、紀勢中線となった。その後、和歌山と三重方面からそれぞれ路線がつながり、34年に紀伊半島の沿岸を通る現在の紀勢線が全線開通、紀勢中線も組みこまれた。

このニュースの写真

  • 日本一古い「木造客車」が“里帰り”…「陸の孤島」に輝いた「新宮鉄道」の時代
  • 日本一古い「木造客車」が“里帰り”…「陸の孤島」に輝いた「新宮鉄道」の時代
  • 日本一古い「木造客車」が“里帰り”…「陸の孤島」に輝いた「新宮鉄道」の時代
  • 日本一古い「木造客車」が“里帰り”…「陸の孤島」に輝いた「新宮鉄道」の時代

「産経WEST」のランキング