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【評伝】ノムさんとの誤解もいい思い出…ジェンヌの長女の活躍楽しみにしていた 大豊さん志半ばで

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【評伝】
ノムさんとの誤解もいい思い出…ジェンヌの長女の活躍楽しみにしていた 大豊さん志半ばで

 現役引退から6年後の2008年4月14日。名古屋市内で経営していた中華料理店「大豊飯店」の2階オフィスに招いてもらった。

 机の横には故郷台湾の地図が貼られており、真ん中を指さして「ここで生まれたんだよ」。南投県埔(ほ)里(り)で、山の中から切ってきた竹をバットに、手にかぶせた帽子をグラブ代わりに野球をしたという少年時代の思い出に始まり、王貞治氏(現ソフトバンク球団会長)に憧れ、日本行きを決意したこと…。気難しい人だと聞いていたが、事細かに野球人生を振り返る姿に、当初抱いていた悪印象も吹き飛んだ。

 「中日で一生を終えようと思っていた」という大豊さんの転機は1998年の阪神への移籍。野村克也監督(当時)と一本気な大豊さんの性格は合わなかった。

 「対話も少なかったし、誤解も生じた。でも、それは人生であり得ること。今は阪神と中日、両方を体験できてよかった」

 引退後の最大の楽しみは、タカラジェンヌとして活躍する長女の存在。毎年届いた年賀状の裏面は決まって娘さんのカラー写真。そういえば、今年は届かなかったなと思っていたところに訃報が飛び込んできた。「少年たちがいないとプロ野球の土台ができない」と子供たちの指導に尽力していた大豊さん。志半ばの51歳での死去。若すぎます。(喜瀬雅則)

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