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【神武・海道東征】イハレビコ誕生(5)建国の大業祈り 身を引いた妻

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【神武・海道東征】
イハレビコ誕生(5)建国の大業祈り 身を引いた妻

吾平津神社に建つアヒラツヒメの像=宮崎県日南市

 貝輪は弥生時代、九州北部や瀬戸内東部にまで流通した。イハレビコがアヒラツヒメと暮らした宮跡、駒宮神社(宮崎県日南市)は良港、油津港にほど近い。記紀の記述や資料から想像できるのは、「貝の道」を押さえて交易をする為政者、イハレビコの姿である。

   ◇ 

 油津港のすぐそばにある吾平津神社は、アヒラツヒメが主祭神。堀川運河に面する鳥居前には、海に向かって手を合わせるアヒラツヒメの像が立っている。東征するイハレビコの成功と安全を願う姿を表現したものだ。

 〈神武天皇が狭野尊(さののみこと)と称され、まだ日向に在られた頃の妃であり…天皇が皇子や群臣と共に東遷された時同行せず、当地に残られ、御東遷の御成功と道中の安全をお祈りされました〉

 同神社の由緒にはそうある。古事記は、妻を日向に残して東征を果たし、橿原宮で天皇に即位したイハレビコについてこう書く。

 〈(しか)あれども更に、大后(おおきさき)と為(せ)む美人(をとめ)を求(ま)ぎたまふ

 妻がいて2人の子がいるのにまた、皇后となさる乙女をお求めになった、というのだ。皇后になったのは大和・三輪山の神、大物主神(おおものぬしのかみ)の娘だった。大物主はオオクニヌシノミコトの分身ともされる実力者である。

建国の大業を示す女神の名…「甲に対する乙」

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