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【明日香に巨大方墳】石舞台古墳しのぐ規模「舒明天皇」の滑谷岡陵か 「蝦夷の墓」説の研究者も 小山田遺跡

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【明日香に巨大方墳】
石舞台古墳しのぐ規模「舒明天皇」の滑谷岡陵か 「蝦夷の墓」説の研究者も 小山田遺跡

奈良県明日香村・小山田遺跡で出土した飛鳥時代の遺構=奈良県明日香村(甘利慈撮影)

 現場は甘樫丘の南端で、西から東西に延びる丘陵の東端部。この丘陵には欽明(きんめい)天皇の墓とされる丸山古墳や推古天皇の初葬墓の植山古墳があり、当時の天皇の墓域とも推定されている。

 日本書紀によれば舒明天皇は641年に崩御。翌年、飛鳥地域の「滑谷岡」に埋葬され、崩御から2年後の643年に押坂陵=おしさかのみささぎ=(宮内庁が舒明天皇陵に指定する桜井市の段ノ塚=だんのづか=古墳)に改葬された。

 これまで滑谷岡の場所は謎だったが、橿考研は(1)方墳が巨大で天皇陵にふさわしい(2)舒明天皇の没年と築造時期がほぼ一致する(3)段ノ塚古墳にも榛原石の石積みがあり、方墳と共通点がある-ことなどから、方墳が見つかった場所が日本書紀に記された滑谷岡で、方墳は改葬前の舒明天皇の初葬墓の滑谷岡陵の可能性が高いとみている。

 菅谷文則・橿考研所長(考古学)は「石舞台古墳より大きい古墳が見つかり、驚いている。舒明天皇の滑谷岡陵の可能性が高く、日本の歴史を考える上で大きな意義のある発見だ」としている。

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 現地説明会は18日午前10時~午後4時。問い合わせは橿考研((電)0744・24・1101)。

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 舒明天皇 在位629~641年の第34代天皇。子に天智(中大兄皇子)、天武天皇。真神原(まかみはら)と呼ばれる聖地・飛鳥(盆地)に初めて岡本宮を営み、百済(くだら)宮や百済大寺を造営。630年に第1回遣唐使を派遣するなど外交にも力を入れた。天皇のシンボルの八角形墳を最初に陵墓に採用した。

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