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【明日香に巨大方墳】石舞台古墳しのぐ規模「舒明天皇」の滑谷岡陵か 「蝦夷の墓」説の研究者も 小山田遺跡

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【明日香に巨大方墳】
石舞台古墳しのぐ規模「舒明天皇」の滑谷岡陵か 「蝦夷の墓」説の研究者も 小山田遺跡

奈良県明日香村・小山田遺跡で出土した飛鳥時代の遺構=奈良県明日香村(甘利慈撮影)

 奈良県明日香村川原の小山田(こやまだ)遺跡で、飛鳥時代中頃(7世紀中頃)の巨大な古墳の墳丘の一部と濠(ほり)跡が見つかり15日、橿原考古学研究所(橿考研)が発表した。一辺50メートル以上の方墳と推定され、蘇我馬子(そがの・うまこ)の墓といわれる石舞台古墳を上回り、飛鳥時代最大級の規模。榛原石(はいばらいし)と呼ばれる薄茶色の室生(むろう)安山岩の切石で装飾されており、橿考研は規模や築造時期などから第34代の舒明(じょめい)天皇の初葬墓(しょそうぼ、改葬前の墓)で、日本書紀に登場する滑谷岡(なめはざまのおか)陵の可能性が高いとみている。

 ただ、発掘場所が大豪族・蘇我氏の邸宅があった甘樫丘(あまかしのおか)に近く、蝦夷(えみし)・入鹿(いるか)親子の墓として日本書紀に登場する双墓(ならびのはか)のうちの蝦夷の大陵(おおみささぎ)と考える研究者もおり今後議論を呼びそうだ。

 濠は墳丘北側で東西方向に直線状に延び、長さ約48メートル、上部の幅約7メートル、深さ約1・2メートル。底部と北側斜面は川原石で石貼りが施されていた。南側では、板石状の榛原石の切石(長さ30~40センチ、幅約30センチ、厚さ約5センチ)などを階段状に積んだ墳丘の一部(計10段分)が見つかった。

 遺構の状況や付近の地形などから、古墳は馬子の墓とされる石舞台古墳(一辺約50メートルの方墳)より大きい一辺50メートル以上の方墳で、下段部が榛原石で装飾されていたとみられる。見つかった土器などから築造時期は7世紀中頃とみられる。

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