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【神武・海道東征】イワレビコ誕生(2)生まれながら聡明、意志固く

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【神武・海道東征】
イワレビコ誕生(2)生まれながら聡明、意志固く

狭野神社に伝わる神武天皇の画

 〈神日本磐余彦天皇(かむやまといはれびこのすめらみこと)、(ただのみな)は彦火火出見(ひこほほでみ)、彦波瀲武盧茲草葺不合尊(ひこなぎさたけうかやふきあへずのみこと)の第四子なり。母は玉依姫(たまよりひめ)と曰(まを)し、海童(わたつみ)の少女(おとむすめ)なり

 カムヤマトイハレビコノミコトの出自を日本書紀はこう記す。父は天孫ニニギノミコトの孫、ウガヤフキアエズノミコト。母はワタツミノカミの娘、タマヨリビメ。夫婦の第4子の人柄を書紀はこう褒める。

 〈天皇生れながらにして明達(さか)しく、意かたくまします(=聡明(そうめい)で確固たる意志を持っていた)〉

 ニニギの降臨地は、筑紫の日向の高千穂。諸説あるが、後の日向国とするのが通説で、イハレビコもまた、大和に向かうまでの45年間、日向に住んでいたことが記紀の記述から推測される。自然、宮崎県内にはイハレビコの伝承地が多いが、生誕伝説は各地に残っている。

     ◇

 〈ようこそ神武の里たかはるへ

 霧島山を境に鹿児島県と接している宮崎県高原町に入ると、こうした看板が目に入る。同町はイハレビコにまつわる伝承地が多く残り、生誕地「皇子原(おうじばる)」もその一つ。繰り返される火山の噴火で史料は焼失しているものの、口伝として残されてきたという。

 「古来、皇位を継ぐ者の幼少名に生まれた地名をつけることがよくある。ここに残る狭野(さの)という地名がまさに、それに当たると思うのです」

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