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【ダイエーホークス創世記(3)】父子鷹に“事件” 寝業師の父 vs 王道の御曹司

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【ダイエーホークス創世記(3)】
父子鷹に“事件” 寝業師の父 vs 王道の御曹司

日本ハムファイターズ戦で、福岡ダイエーホークス8回の追加点に万歳し喜ぶ中内正オーナー代行。左は、中内功オーナー=平成10(1998)年8月29日、福岡ドーム

 自らの手で新しいホークスを作り上げる。1992(平成4)年オフ、若き総帥・中内正(なかうち・ただし)オーナー代行の計画は着々と進められていた。3年契約を終える田淵幸一監督の後任として、夏頃には水面下で上田利治と会談を持ち快諾を得ていた。コーチングスタッフの問題を詰め、あとは翌年春のドーム球場の完成を待つばかり。

 そんなとき「事件」は起こった。

 なんと正代行の動きとはまったく別に、父・功(いさお=注)オーナーサイドで、密かに西武ライオンズの管理部長を務めていた根本陸夫のヘッドハンティングに動いていたのだ。しかも球団フロントとしての招聘(しょうへい)ではなく「監督」として招こうとしていることが発覚した。

 まさに寝耳に水の話。というより、当時のホークスでは“西武の人間”である根本を招くということ自体あり得ない状況だった。

 10年ぶりに九州の地にプロ野球団を復活させたダイエーだったが、「ホークス」が手放しで九州の人々に受け入れられたわけではなかった。

 「九州はどこまでもライオンズったい。ホークスは宿敵じゃなかか!」。当時の九州の人たちにとって愛すべき球団はあくまでも「(西武の前身の)西鉄ライオンズ」であって「南海ホークス」ではなかったのだ。

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 「絶対、ライオンズに負けるな!」「九州をホークス色で染めるんだ!」。正代行は球団職員たちの先頭に立ってファン獲得に奔走した。職員たちも各地で悔しい思いをしながらも徐々にファンの心をホークスに向けていった。

 そんな中で西武を作った男・根本を迎えることは、まさしくライオンズの軍門に下ることであり、正代行を信じて努力してきた球団職員たちへの裏切りだった。

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