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【古道を歩く 特別編】
真言密教の聖地・高野山への参詣道、そして友ケ島…自然と一体、弘法大師の息づかい
参詣道「町石道」から真言密教の聖地「高野山」へ…
開創1200年を迎える真言密教の聖地、高野山。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一つで、全国有数の霊山として知られる。「山々は蓮の花びらのようにそびえ、真言密教を広めるのにふさわしい」。弘仁7(816)年、弘法大師・空海は高野の地を根本道場と定めた。「熊野」とともに、奈良や京の都などから皇族たちがこぞって参拝した霊場。県内には、紀伊水道に浮かぶ修験道の聖地「友ケ島」もあり、いまなお修行の場として人々の信仰を集める。修行の道ともいえる高野山への参詣道「町石道(ちょういしみち)」と、友ケ島を歩いた。(兵頭茜)
百八十町「動禅」「三昧」の境地に
町石道の出発点、慈尊院(和歌山県九度山町)。弘法大師が高野山の表玄関として創建し、高野山全体の庶務をつかさどる寺務所(政所)とともに、山上が雪に閉ざされる冬季の修行の場でもあった。
「大師の開いた山を見たい」。承和元(834)年、弘法大師の母が高野山を訪れた。しかし、山上は女人禁制で入れなかったため、この地に滞在したという。
町石道へ続く慈尊院の石段を上ると、人の背丈の倍ほどもある柱のような石がそびえていた。最初の町石「百八十町石」。1町(約109メートル)ごとに180基が建てられ、残りの道のりを教えてくれる。
階段の奥には丹生官省符(にうかんしょうぶ)神社が控え、さらにその奥に道は続く。竹林や柿畑の間を縫うようなきつい坂道。前日からの雪のせいだろうか、思わず見上げた杉には雪が積もっていた。
「百二十町石」あたりに、弘法大師が建立したという「二つ鳥居」があった。鳥居の間から、雪にかすむ里山が眼下に広がっていた。昼下がり。気温が上がったせいだろうか、「ポツ、ポツ」と木立の中を雪が溶け落ちる音が響いた。



