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【日本人の座標軸(21)】戦争は常識も良識も通らない…靖国不参拝に「怠けたこと言うな!」

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【日本人の座標軸(21)】
戦争は常識も良識も通らない…靖国不参拝に「怠けたこと言うな!」

終戦の日の8月15日、靖国神社の境内は夕方になっても参拝者の列が途切れなかった=東京都千代田区

 平成21年の晩秋のことである。「私はノモンハン事件を体験しています」という91歳の男性から話を聞いた。記憶は確かであった。

 モンゴル(1930年代は事実上、ソ連軍の指揮下)と日本軍が、ノモンハン(内モンゴル自治区の一部で満州国とも呼ばれ、日本が満州事変で占領した地域)のモンゴルの国境に近いところで、国境の位置をめぐって衝突した戦争である。後に「ノモンハン事件」と呼ばれた。

 《昭和14年5月でしたなあ。広島から船で大連まで行き、それから汽車でハルビン、さらに行軍でノモンハンまで行きました。着いたのは7月でしたなあ。9月には停戦協定が成立し、幸い帰国できました。ノモンハンの戦いで死傷した日本兵は約2万人といわれています。ソ連軍は戦車で攻めてきましたが、こちらは馬に大砲と小銃、これでは勝てないと思いましたよ》

 男性の白髪がススキの穂のように揺れ、土まみれのたばこを持った手が小刻みに震えている。

 《現地人は草原に羊や豚を飼って生活していましたが、厳寒で大変な所でしたわ。『兵隊の命より馬や大砲のほうが大事だ。君たちは一銭五厘でいくらでも集めてこられる』と、何度も聞かされました。

 驚いたのはモンゴルという所でした。大陸のど真ん中というのに、砂地なんです。壕を造るため、2メートル掘っても3メートル掘っても、石ころ一つ出てこない砂地でしたなあ。私たちの便を豚が食べ、その豚を私たちが食べたんですよ。それほど厳しい生活であったということをどれほどの日本人が知っていますかねえ》

 私の目は涙で潤んだ。

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