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【メガプレミアム】SFの世界が現実に、米が「空中空母」開発…無人機の発射・回収、空中給油で「戦闘の形」が変わる

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【メガプレミアム】
SFの世界が現実に、米が「空中空母」開発…無人機の発射・回収、空中給油で「戦闘の形」が変わる

 さかのぼれば、第二次大戦前の1933年、米海軍は飛行船Macon(メイコン)を開発した。内部に複葉(2枚羽)の戦闘機スパローホークを5機も搭載できる画期的な大型の飛行船で、任務は偵察。長距離を飛べるが速度の遅い飛行船と、航続距離は短いが速度のある戦闘機との「良いとこどり」だったが、コストや安全性の問題から飛行船そのものが時代とともに姿を消した。

 その後、「親子飛行機」という構想が生まれる。大型機に小型機を収容するか結合する方式で、イギリスでは大型飛行艇の翼の上に複葉機ブリストル・スカウトを載せて実験したとの記録がある。旧ソ連では、戦闘機の航続距離が爆撃機に比べて短く、爆撃機を守れないという問題を解決するため、TB-1双発爆撃機の翼上面左右にI-4戦闘機を1機ずつ載せた「Z-1」などZシリーズを開発した。しかし、スターリンによる大粛正で関係者が処分され、計画は立ち消えに。

戦後の発達と消滅

 第二次大戦では爆撃機He111がクルージングミサイルの始祖ともいえるV1飛行爆弾を搭載し空中発射したが、これは大型ミサイルの搭載・発射であり、親子戦闘機とは性質が異なる。

 再び親子戦闘機構想が現れるのは戦後で、米国の大型爆撃機B-36ピースメーカーが爆弾倉に戦闘機XF-85ゴブリンを埋め込む形で搭載する実験を実施。後には偵察機RF-84サンダーストリークを搭載するGRB-36として10機が生産されたが、最終的にはこうした「親子飛行機」とも「パラサイト・ファイター(寄生戦闘機)」ともいわれた構想は途絶える。空中給油の技術が発達したためだ。

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