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「京大初のプロ目指せ」 田中投手へ27年前話題の沢田さんがエール あすプロ野球ドラフト会議 

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「京大初のプロ目指せ」 田中投手へ27年前話題の沢田さんがエール あすプロ野球ドラフト会議 

現在も社会人チームで活躍する沢田誠さん=大津市のびわこ成蹊スポーツ大学

 23日のプロ野球ドラフト会議で、京都大4年の田中英祐投手(22)の指名が期待され、京大初のプロ野球選手が誕生するか注目が集まるが、27年前にも指名を待ち続けた京大生がいた。通算10本塁打のリーグ記録(当時)を樹立し、当時ヤクルトで活躍したボブ・ホーナーをもじって“京大のホーナー”と呼ばれた沢田誠さん(50)=京都市=だ。指名は逃したが「東大でもプロになった選手がいる。京大から出られないわけがない」と、京大にとってノーベル賞受賞より確率が低い「夢」を後輩に託している。(永山準)

 沢田さんは大阪・寝屋川高出身で、京大ではエースで4番として活躍した。通算本塁打数で当時のリーグ最多を記録する打撃力で注目を集め、沢田さん自身も「いけるなら電話番でもいい」とプロ入りを熱望。同学年には立命館大出身で元ヤクルトの古田敦也氏がいた。

 ドラフト当日の昭和62年11月18日は、京大に40人近い報道陣が集まる異例の事態。しかし、3巡目を終えても沢田さんを指名する球団はなく、テレビ中継終了後、指名がなかったことを報道陣から伝えられた。当時、報道は過熱。周囲の期待も高まり、ゼミの担当教授が新聞に沢田さんを応援する投書を送ったほど。

 だが、沢田さんは冷静に「自分の実力ではプロは難しい。宝くじに当たるようなもの」と思っていたという。このときのドラフトでは、元中日の立浪和義氏や、メジャーに渡った伊良部秀輝氏らが指名された。

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