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【関西の議論】「忍び」の真髄は諜報にあり “最後の忍者”甲賀流伴党21代目宗家に課せられた使命とは

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【関西の議論】
「忍び」の真髄は諜報にあり “最後の忍者”甲賀流伴党21代目宗家に課せられた使命とは

 戦国時代を中心に活躍し、小説や映画、アニメにも登場して世界的に知られるようになった「忍者」。一子相伝とされる忍術を受け継いだ、おそらく現代に生きる最後の忍者が、甲賀流伴党21代目宗家、川上仁一さん(65)だ。手裏剣を使うなどして敵を倒すイメージの強い忍者だが、実際は極秘に情報を収集して持ち帰る専門職だった。しかし川上さんは「現代において伝統的忍術をやる意味はない」と断言し、次代への伝承も考えていないという。忍術はなぜ、廃れてしまったのか。(加納裕子)

呼吸法、断食・断水、土を食べたことも…

 川上さんは昭和24年、福井県若狭町生まれ。父は会社勤めをしながら農業に従事、母も農業を手伝っており、忍者ではない。

 川上さんは6歳ごろ、家の近くで先代に出合った。子供の目に映った先代は、修行僧のような格好をしたおじいちゃん。だが川上さんの前で、地面にすいすいと絵を描いたり、手にした物を素早く投げる。すっかり感心して、遊びのつもりでまねをしているうちに、のめりこんでいった。

 先代も、この子なら、と見こんだのであろう。訓練が始まった。呼吸法に始まり、歩き方や立ち方、動き方、視覚や聴覚を研ぎ澄ます訓練も。体のできていない幼少期は忍術の基礎を習得し、成長するにつれて訓練は激しくなった。断食や断水、断塩。土を食べたこともあったという。

 家では、忍術を学んでいるなど気づかれないように振る舞っていた。が、中学2年のとき、先生が川上さんの異変に気づく。「手が真っ白じゃないか」。繰り返し強い振動を受けた人に見られた「はくろう病」と呼ばれる神経障害だったのだ。先生に事情を聴かれ、両親にも連絡が入った。話を聞いた両親は、「それで…」と納得がいった様子だったという。

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