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【ベテラン記者のデイリーコラム・鹿間孝一のなにわ逍遙】「おたかさん」の時代を動かした名ゼリフ

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【ベテラン記者のデイリーコラム・鹿間孝一のなにわ逍遙】
「おたかさん」の時代を動かした名ゼリフ

平成元(1989)年の参院選で大勝した社会党は土井たか子委員長が笑顔でバラをつける=同年7月23日、社会党本部

 元社会党委員長の土井たか子さんは熱烈な阪神タイガースのファンだった。

 昭和60(1985)年10月16日夜、土井さんは神宮球場のレフトスタンドにいた。阪神が21年ぶりのリーグ優勝にマジック1となって臨んだヤクルト戦である。スタンドは阪神ファンで埋まった。

 国会から駆けつけた土井さんは、黄色のハッピ姿で、手にはメガホンを握っていた。

 社会党はよく阪神にたとえられた。戦後政治は55年体制と呼ばれる2大政党だったが、政権は常に自民党が握ってきた。阪神も常勝巨人の後塵(こうじん)を拝してきたからだ。

 引き分けで優勝が決まって、土井さんはマスコミに囲まれ、コメントを求められた。

 「これで阪神ファンとして大きな顔ができる。万年野党の社会党も政権を取らなきゃ」

 当時は副委員長だったが、翌年夏、衆参同日選挙で大敗した責任を取って石橋政嗣委員長が辞任すると、後任に推された。

 党内には反対論もあったが、「ここで逃げたら女がすたる」と委員長選に立候補して、圧倒的大差で当選した。

 記者会見で「ワンポイントリリーフという声もあるが」との質問に、「やるっきゃない、という心境です」。

 これがその年の日本新語・流行語大賞の特別賞に選ばれ、英国のサッチャー首相になぞらえて土井ブームがわき起こった。

 そのピークが平成元(1989)年の参院選である。

 自民党は消費税とリクルート事件の逆風で過半数を割り、女性候補を多数擁立した社会党は「マドンナ旋風」を起して比較第一党に躍進した。

 土井さんの「山が動いた」の名文句は有名だ。

 翌年の衆院選でも議席を増やし、社会党の政権奪取、初の女性宰相も夢ではないと思わせた。

 ことわざに「月満つれば則ち欠く」と言う。絶頂は、終わりの始まりでもある。

 統一地方選の敗北で土井さんが引責辞任した後、自民、さきがけとの連立で村山富市政権が誕生したものの、社会党は急坂を転げ落ちるように衰退した。党名を社民党に変更したが、現在は衆参合わせてもわずか5議席になってしまった。

 土井さんのもう一つの名ゼリフが「ダメなものはダメ」である。

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